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「さて、と。じゃあ、俺はそろそろ行くわ。お前らも頑張れよ」
「は?」
「へ?」

 双子達から話を聞くだけ聞くと、ティキはす、と椅子から立ち上がってぽかんとする双子を見下ろした。

「行くって?」
「どこに?」
「どこかだよ。こんな盾のない場所にいつまでもいられねぇ。じゃあな」
「ちょ、ちょっとまて!」

 ニコッと笑って立ち去ろうとしたティキの服をデビットが慌てて掴み、続いてジャスデロがティキの腕を掴んだ。
 すり抜けてやることもできたが、二人の慌てたような、脅えたような、ともかく必死の顔を見て、掴まれたままにしてやる。
「置いてくのかよ!?」
「デロたちあんなに話したのに!?」
「あのなー……お前ら、俺と行動する気でいたわけ?」

 呆れたように声を出して尋ねれば、二人は当たり前だと言わんばかりに強く頷く。二人にしてみれば、ティキは漸く出会えた、二人に起きた事態を理解してくれる大人なのだろうが、ティキとしては実力もわからないような子供二人を連れて逃げられる自身はない。

「俺と逃げたって良いことねぇぞ?俺を追ってる奴なんて、エクソシストを造ってる張本人だ。言っちゃなんだが、俺たちより化け物だぞ?」
「それでも、ここにずっといるよりはマシだ!」
「いざとなったらお前を置いて逃げるしね!」
「おいおい……」

 そうしてもらえた方が賢明ではあるのだが、ジャスデロの素直すぎる発言に頭を抱える。二人には明確な目標―白髪のエクソシストを殺すという物騒な目標だ―があるので、ティキと一緒に死ぬと言うことは出来ないだろう。だが、ついていこうとしている立場なのだからせめて「一緒に戦う」くらいは口だけでも言ってほしいものだ。

「……ハァ、まあいいや。確かに、お前らだけじゃこの街からは出られねぇもんな。お前らでも働ける街に着くまでは一緒に行動してやる。けど、本当に俺を狙ってる奴にあったら逃げろよ?」
「ん」
「わかってるよ!」
「それなら、今日一日で準備して、暗くなったら出発だな。お前らと一緒じゃ、街出た瞬間に追いかけられそうだ」

 そう言うと、二人は「だよな」と言わんばかりの苦笑いでお互いを見た。
 二人が盗みや食い逃げをしても捕まっていないのはあくまで街の中にいるからで、街の決まりが通用しなくなる外に出たことが分かれば今までの恨みを晴らそうと武器を持って追いかけてくる街人がいるだろう。その為、街人に知られないよう、暗いうちに外に出る必要がある。

「それまでに準備しておけよ」
「おう。行くぜ、ジャスデロ」
「オッケー、デビ」
「待て待て、どこ行く気だ」
「準備だよ、準備。アンタも準備しとけよ!」

 二人が張り切って外へ出て行く。何をしようとしているのかわかった気がしたが、ティキは二人を制止することなく自分も準備する為に外へ出た。  









「お前らな、やりすぎ。そんなに物持って移動したら疲れるのも早いだろ」
「何でだよ、備えあれば憂いなしって言うだろ」
「そうだ、そうだ!」

 夜、準備を終えたティキが秘密基地で二人が帰ってくるのを待っていると、戦利品を沢山抱えた二人が戻ってきた。張り切って出かけただけのことはある。

「この近くなら十日歩けばそれなりの街はある。そこに行くまでの備えがあれば何とかなるから、他は置いていけ。これじゃ一月分はあるだろ」
「えぇー!!」

 折角盗んできたのにと言わんばかりのデビットとジャスデロを尻目に、ティキはこれだけあれば十分と言うだけの量を二人の鞄に入れ、後は二人の好きにするようにと鞄を二人に向かって放り投げた。
 二人は困ったように顔を見合わせたが、どこからか新しい鞄を持ってきて戦利品を詰め込みはじめたので、結局持っていくことにしたらしい。まあ、そうした方が盗まれた品としては嬉しいだろうとティキは思った。二人がもうここには戻ってこないつもりだとしたら、ここに置きっぱなしというのは人に使われるもの、食べられるものとして作られ、加工された品々としてみれば惨めでしかないだろう。

「アンタってさ」
「何?」

 二人がどこか楽しげに準備している様子を見ていると、デビットがティキに話しかけてきた。

「それ、買ったんだろ?」
「ん?……ああ、そうだけど」

 『それ』と言われて一瞬何かわからず困ってしまったが、デビットの視線がティキの脇に置かれた鞄にあることに気づいて軽く頷く。

「結構長く旅してそうなのに、よくそんな金あるな。一つの街に長くいられないんだろ?」
「長くいなくても、稼げる方法はいくらでもあるだろ。例えば――」

 そう言って腕を机の上に掲げると、ティキは二人が追いかけられている間に手に入れたものを机に落とした。カツ、カツンと音を出して落ちてきたのは所謂宝石と呼ばれる石だ。

「おまっ、」
「えっ!」

 机に落ちたものを見て二人が目を瞬かせ、唖然とした表情でティキを見る。

「金よりこっちの方が便利だな。金は国によって通用しないことがあるけど、これなら換金できるし、物々交換もできる」
「盗んだのかよ!?」
「うわー……」
「何だよ、やってることはお前らだって一緒だろうが」

 ティキの金が盗みをやって得たものだと知るなり、二人の目が厳しくなった。それに納得がいかず二人がやっていることも結局は同じことだと言ってやれば、何も言い返せない二人が口籠る。

「泥棒と一緒に行動したくないなら、俺はそれでも良いんだぜ?」
「別に行動しないとは言ってないだろ!」
「そうだぞ!」
「はいはい」

 予想通りの答えが返ってきたので、ティキは軽く返事をして机の上の宝石をしまった。

逃亡生活を送り、食料や衣服を盗んでいるわりには純粋な子供たちだと思う。 
 二人は、宝石を盗むと言うことに抵抗を感じているのだ。恐らく、食料や衣服も生きていくには仕方がないと渋々盗んでいたのだろう。今はそうでないのかもしれないが、少なくとも最初はそうであったはずだ。もしかすると、ティキが来なければこの二人はこのまま働ける年齢までこの街で過ごし、ちゃんと金を稼いで旅に出たかもしれない。

「それで、いつ頃出発するんだよ」
「んー、ひと眠りしてからだな。次の街に着くまでは雨風しのげる場所で寝れないから、今のうちに寝ておけ」
「そんなこと言って、俺たちが寝てる間に出発する気じゃないだろうな……」
「準備させておいて今更だろ。俺も少し寝ておく」

 立ち上がり、適当な場所に座って壁に寄りかかると、ティキは二人を安心させるように目を閉じて眠る為に息を整えた。暫くは本当に寝ても大丈夫なのかという話声が聞こえていたが、ティキが辛抱強く動かずにいると、二人の寝息が聞こえてきた。

「……はは、よく寝てんな」

 ティキが目を開けて辺りを見回すと、二人ともそれぞれのベッドで眠っていた。ティキが立ち上がって近くまで行っても起きる気配がない。
 これでは本当に出て行っても気づかないだろう、などと思いながらも先程まで座っていた場所に戻る。

「ここでも、ちゃんと寝れないか」

 逃亡生活が身についてしまったせいか、同じ空間にいるのはティキと同じノアの一族の二人であるにもかかわらず、眠ることができない。
 追われる身になってから今日まで、熟睡、というものが殆どなくなった。どんな場所でも眠れるのだが、物音一つで起きてしまう。

「やっぱ、特別だったんだな、王女様は」

 く、と笑いながら思い出すのは、ティキと一緒に城を出たいと言っていた人柱になることを運命づけられた少年のことだ。どういう訳か、ティキは彼と二人きりの時だけは安心して眠ることができた。
 ティキが立場的に上にいたから、と言うだけではないだろう。確実に落ち着くことのできる要素が、彼にはあったのだ。

(連れてこなくて正解だった)

 彼には足手纏いだと言ったが、もし連れて来ていたら、足手纏いどころかティキの身を滅ぼすことになっていただろう。常に、物音一つで起きてしまう程緊張しているから今日まで生きていられたのだ。それがなくなってしまったら、簡単にあの赤毛の術師に殺されていたはずだ。

「……はぁ、」

 まだまだ、安全に出発できるまでには時間がある。ちゃんと眠れないにしても少しでも体を休めておこうとティキは目を閉じた。