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「そっちに行ったぞ!捕まえろ!!」

 街に着くなり早々、ティキの耳に入ってきたのは、何かを追いかける男たちの声だった。
 自分を追っているわけではないようだし無視をしようと決め込んだティキは、とりあえず食料を調達しようと乾物屋を見る。

「またかい、放っておきゃいいのに……」

 ある程度ものを選び終えた時点で店の前を慌ただしげに男たちが走って行った。それを見て店の主人が呆れたような溜息を吐く。

「よくあることなのか?」
「ちょっと前から街に住みつきだした子供がなかなかの悪ガキでね、今日も大方食い逃げでもしたんだろう」
「今日も、ってことは何度もあるのか?」
「食い逃げはその場で捕まえなきゃ捕まえちゃいけない決まりだからね。食べにくる客を追い返すこともできないことになってる。だから、その分警戒するんだけど、その度に逃げられているわけさ」
「そのわりによく放っておけばいいなんて言葉が出てくるな」

 恐らく、食い逃げだけではなく、盗みもしているはずだ。ティキが言えたことではないが、捕まえてそれなりの処罰をすべきではないのだろうか?

「そりゃ、うちの店も何度か被害にはあってるけど、この国じゃ成人していない男女は金をもらう労働は禁止されているからね。子供二人で暮らすなら盗まなきゃ生きていけないだろう?」
「事情を話してもらうということはできないのか?手伝いの代わりにものを貰うことは?」
「それは難しいだろうねぇ。ここの街の特徴というかなんというか、皆ケチだから。私も移住してきたころはすごく苦労したよ。金を落とす旅人には優しいけど、移民には厳しい国さ、ここは。あら、そういえばアンタ、その子らに似てるね。同郷なのかい?」
「さあ……見たことないからわからないな」
「そりゃそうか」

 買い物を済ませると、ティキは外へ出て先ほど男達が向かって言った方向へ足を進めた。
 同郷かと聞かれて少し引っかかった。砂漠の民と言う意味での同郷ならばまだいいが、ティキに似た特徴を持っているものを同郷という意味で言ったのならば、同じノアの一族の可能性がある。

「さて、どこに……」

 ある程度は声のする方へ向かって歩き、途中で立ち止まってあたりの気配を窺う。何度も逃げ切っていると言うことは、追っている男達は途中で見失っている可能性がある。現に「あいつら、どこへ行った!?」という声が聞こえてきている。
 暫く路地裏を歩いていると、不自然に小さな息が聞こえてきた。

「……」

 ティキが一歩わざと大きめな音を出して踏み出すと、小さな息すら聞こえなくなる。

(二つか)

 息が聞こえてきたのは壁近くの地面からだ。よくよく壁を調べてみると薄く線が見え、成人していない体ならば通り抜けられそうな大きさの四角になっている。その中心を押してみると少しだけ奥へ引っ込んだ。だが、途中で何かに引っかかったように動かなくなる。何が引っかかっているのかなど、考えるまでもない。
 引っかかりのもとがある位置に検討をつけ、壁の向こうにあるそれごと壁を引っ張る。すると、薄い線通りの四角い壁とともにティキとよく似た色の子供が出てきた。ただ、子供の目はティキと違って蒼い。

「デビっ」
「お前は出てくんな!」

 続いて出てこようとした子供に向かってティキに腕を掴まれた子供が叫び、キッとティキを睨みつける。
 自身の腕に引っかかっていた壁を地面に落とし、睨みつけてくる子供の顔を確認すると、ティキは少しだけ眉を顰めた。ノアの一族であることは間違いないが、初めて会う子供だ。

「そう怒るなよ。お前らをこの街の大人に売るつもりはない。お前ら、砂漠の国の難民だな?」

「……お前、」

 子供がティキの姿が自身と似たような肌、髪の色をしていることに気付いたらしく、警戒を解いていく。

「デビ、」
「……出てきていいぞ」

 デビ、と呼ばれた子供が壁が外された空間に向かって声をかけると、中からは金髪に褐色の肌、金色の目をした子供が出てきた。雰囲気は違うが、背格好は黒髪の子供によく似ている。

「お前ら『絆』か」

 『絆』と言われた子供たちは顔を見合わせ、ティキに背を向けて何やら話し合いを始めた。断片的に聞こえる単語を拾ってみれば、ティキを秘密基地に連れて行くか否かの相談をしているようだ。

「お前を秘密基地に入れてやる。けど、この入口からじゃお前は入れないから、別の入り口から――」
「ああ、いいよ。通り抜けられる。この下は通路か?」
「そうだよっ、ヒッ!」
「それじゃ、先行かせてもらうな」

 子供が不思議そうに首を傾げる中地面を通り抜けて地下通路に着地すると、壁に開けられた穴から「はぁ!?」という子供たちの声が聞こえた。









 地下通路の先にはそれなりに開けた空間があった。ランプや水、保存食もありそれなりに暮らせるようになっている。

「じゃあ、お前らは二年前から逃亡生活をしてるってわけか」
「ああ。ここに来たのは三か月前。ホントはこんなに長居するつもりはなかったけど、」
「金がなくて動けないんだよっ」
「成程」

 地下通路を歩いている時から子供たちはティキに色々なことを話してきた。まず、二人の名前。次に二人は双子であると言うこと。そして、最初は何人かの大人たちと暮らしていたが、二年前に二人の髪と目の色が変化し始めて以降は母親と三人で行動し始めたこと、三か月前からは二人だけになったということだ。

「お前、さっき俺たちのこと『絆』って言ったけど、これ、何なのかわかるのか?」
「夢に出てきたけど、デロたちあまり知らないんだよねっ、ヒヒっ!」
「お前ら今いくつ?」
「十四」
「あー…じゃあ、ノアの一族っていうのは聞いたことねぇか」
「ない」
「ないね!」

 砂漠の国が滅びたのは十年以上前の話だ。知らなくて当然だろう。
 掻い摘んで話をしてやると、双子は信じがたいと言うような顔をしたが、突然の髪や目の色の変化を考えれば信じるしかないのだろうと納得したようだった。

「じゃあ、俺たちを追いかけてたあいつは、エクソシストってやつなんだな」
「そうみたいだねっ」
「何だ、お前らもう目つけられてたのか?」
「そうじゃなきゃこんなこそこそしてねぇよ」
「どんな奴」
「えっとー……白髪?」
「白髪だな」
「はぁ?」

 二人で頷きあっているが、出会ったばかりのティキにそれだけで二人を追うエクソシストの情報を理解しろと言うのは酷というものだ。
 もう少し詳しく話せというと、ガキ、顔の左半分に傷、左腕が変という情報を与えられた。

「それは、多分俺の知らない奴だな。最後に遭遇したのはいつだ?」
「覚えてねぇ。だいぶ前に『やらなきゃいけないことが出来ましたから、暫くは見逃してあげます』って言ってそれっきり。けど、いつまた見つかるかわからねぇから逃げてる」
「それで正解だな」

 エクソシスト相手にまず勝ち目はない。ノアの一族として覚醒した際に体の構造も少し丈夫になるのだが、あちらはマリアンの術によってすぐに傷が治る。命を奪ったとしても蘇るほどだと以前仲間が言っていたから、逃げるしかない。

「本当は殺してやりたいけど、まだ勝つ方法がわからないから逃げる」
「いつか殺してやるんだ」
「おいおい、物騒だな」
「アイツは母さんを殺したんだ」
「絶対許さねぇ」
「……」

 二人の口から出てきた言葉にティキは何も言えずに口を閉ざした。
 最初は母親と三人で行動していて、途中から二人になった。それが意味することは、母親が何らかの理由で二人と行動できなくなったと言うことだ。大方母親が二人から逃げたのだと思っていたが、エクソシストに殺されていたのだ。

「お前らの母親、優しい人だったんだな」
「……まあな。他の奴らは俺らの見た目がこんなになったら殺そうとしてきたけど、母さんだけは守ってくれた」
「母さんがデロ達を逃がしてくれなかったら、デロ達は今頃死んでた」
「母さんが「生きて」って言ったから、自分で死ぬようなことはしない。けど、機会があったらいつか」
「ま、殺されねぇように頑張れ」
「何だよ、お前復讐が馬鹿馬鹿しいってのか?」

 ティキがあまりにも無関心な態度を取ったためか、デビットがイライラした口調でティキに質問してくる。

「小さい頃からずっとデロ達のこと可愛がってくれたんだぞ!」
「別に馬鹿馬鹿しいって思ってるわけじゃねぇよ。ただ、俺にはそういう経験がねぇから、わからないだけ」
「はぁ?お前だって覚醒前は親だって――」
「残念ながら、俺は生まれた時からこれでね。そうじゃなかった時の記憶はないんだわ」
「……」
「最大の愛情は生まれたばかりの俺を砂漠に捨ててくれたことだな。おかげでリーダーに拾われて、今日まで生きることができた」

 双子が気まずげに互いを見合わせるが、ティキは特に気にしていなかった。別に顔も分からない母親から愛情を貰えなかったからと言ってどうということはないのだ。

「寂しいやつ」
「どうとでも」

 どうせ、ノアの一族は人を心から愛することができない。いつか裏切られると言う猜疑心からどこか距離を置いてしまう。唯一信頼できる相手は砂漠の石の色を変えられた者のみというが、今までに石の色を変えられた者を見たことがない。

「愛なんて知らない方が幸せなんだよ」