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 ひとしきりリンクの説教を聞いた後、ユウはベッドに座って息を吐いた。その息が「やっと終わった」と言っているように聞こえたらしく、リンクが嫌そうな顔をする。

「まったく、貴方という人は……」
「けど、鍵を置いて行ったお前にだって非はあるだろ」
「……そうですね、貴方の性格を考えれば鍵を置いて行かずに出かけるべきでした」

 呆れて頭を抱えるリンクは本当に自身の失敗を悔いているらしく、ユウとしては複雑な気分になる。もしかしたら、リンクは出かけていいと言う意味で鍵を置いて行ったのではなく、ユウを信じて鍵を置いて行ったのかもしれない。

「……まあ、いいでしょう。次はどちらの鍵も私が管理します」
「勝手にしろ。それで?何か情報は得られたのか?」
「少しは。まず、砂漠の国の跡地ですが、現在は王の血縁の元復興が始まっているようです。ただ、外から来る者には厳しく、特に黒髪、金目、褐色の肌の者の侵入を拒否していると」
「あいつのことだ」

 特徴を聞いて、ユウの頭にティキの顔が浮かぶ。リンクも、ユウの指す“あいつ”が誰なのかすぐにわかったらしく、はっきりと頷いた。

「あの男だけでなく、あの男の仲間達のことを指すものだと指すものだと考えられます」
「俺は黒髪、というのが当てはまってるが、入国できるのか?」
「問題ないでしょう。黒髪という特徴があっても貴方の体つきを見れば砂漠出身でないとわかります」
「そうか」

 これで拒否される可能性が高いと言われたらどうしたものかと頭を悩ませるところだったが、リンクの言葉でほっと胸を撫で下ろす。

「他には何か?」
「……一つ。砂漠の国の話を聞いている最中に出てきた話です。数日前に東の国の衣服を着た、三つの特徴を持つ人間がこの街に来た、と」
「っ!そいつはどこへ行くか何も言っていなかったのか!?」

 思わず声を荒げて聞くが、リンクは「それ以上は何も」と言って口を閉ざした。もしかしたら本当は知っていて黙っているだけなのかもしれないが、ユウにはわからない。

「その男と会話した者の話を聞くと、少し疲弊した様子だったと。両手に包帯を巻いていたようです」

 ティキの両手にある傷跡を思い出し、眉間に皺を寄せる。さらに、包帯を巻くほどの症状ということであの男のことを思い出した。

「……」
「王女?何か、」
「さっき外に出たとき、あいつがいた」
「……あいつ?」
「あのマリアンとかいう術者だ」

 ユウの口から出てきた人物は、リンクの警戒を高めるに十分だったらしい。自然に目が入口、そして開いている窓を確認し、瞬きして改めてユウを見た。その表情は硬い。

「あの男と会っていたのは私が発見する直前のことですか」
「ああ、あの建物の一室で話を――」
「念の為に聞いておきますが、何もされませんでしたね?」
「話をしただけで特には……」
「では、何を話されたのですか?」
「俺に対して、あいつをまだ見つけていないのかと」

 今思えば、あの時マリアンはユウが言うまでもなくティキと再会できていないことを知っているようだった。あれは、ティキがこの街から離れたことを知っていたからだったのだ。

「あと、このブレスレットのことも言っていた」
「何と?」
「これに選ばれていると言うことは、お前であっているようだと」
「……」

 それを聞いたリンクは少し何か考えているようだったが、小さく頭を振ってユウを見た。

「他には?」
「そうだ、お前のことも言ってた。お前のことを城で知らないのは俺くらいだって。お前、」
「貴方が知らなくていいことです」
「何だよ、それ……お前、何なんだよ、」

 ユウが知らなくていい事情というのは一体何なのか、考えても思いつかない。

「一つ言えることは、貴方が恐れる必要はないということです。私は貴方が心配するような存在ではない」
「あの頃あったことに何か関係してるのか?」
「王女、」

 リンクの困ったような声に、当時のことと関係しているのだと確信し、何とか思い出そうとする。だが――

「お?」

 突然聞こえた第三者の声にユウの意識はそちらへと持って行かれた。
 声のした方を見れば、すぐにリンクがユウと第三者の間に立った。その為、ユウには第三者の顔は見えず声のみが聞こえる。

「すまん、部屋を間違えたらしい」
「だったら、すぐに出ていったらどうです?」
「そんなに警戒せずとも出ていく。あー……部屋番号はいくつだったか……」

 声色からしてユウとリンクより少し若いくらいであろう男が困ったように唸り声を出す。声色は若いが老人のような口調だ。

「ナイフを下せ」
「……」

 ただ部屋番号が分からず困っているだけの男にナイフを構えるのはどうかとリンクにナイフを下すよう言うと、リンクは少し迷ったようだがナイフを下した。

「ああ、すまんな。久しぶりに酒を飲んだ所為かのう……」
「それなら水でも飲むか?」

 何となく、部屋番号を思い出さない限り部屋から出ていかいない気がしたので、ユウはベッドからおりてベッドサイドに置かれた水差しを手に取り、グラスに水を注いだ。それを手にとって男に渡そうとしたのだが、ユウが手に取る前にリンクが手に取り、男に渡した。

「おお、忝い」

 男が笑いながらグラスを受け取り、一気に飲み干す。

「そちらの方もすまんかったのう、この街では水はタダではないと言うのに」
「いや、」

 男がユウに礼を言うためにリンクとぴったり重なっていた体を少しずらして頭を下げる。そして、そこでユウは漸く男を見ることができた。

「……褐色の、金目」
「ん?」
「主、この男は違います。水を飲んで少しは頭も動くようになっただろう。いい加減出て行け」
「そちらのお方はワタシに何か聞きたそうだが?」
「お前に聞くことなどない」

 リンクの口調はとても強く、男に早く出て行けと言っている。だが、男はリンクの警戒に怯えることもなくグラスに残った水を飲んでいる。

「本当に効くことはないのか?ワタシはいくつか思いつくぞ。例えば――」
「聞こえないのか、さっさと――」
「ジョイドのこととか?」

 男の言葉にユウよりも早く、リンクが再びナイフを出す動作をするが、途中でぴたりと動きが止まった。そして、がくんとその場に崩れ落ちる。膝をつき、頭は天を仰いでいるようだ。

「リンク!?」

 ユウが近寄ると、リンクは目を見開いたまま固まっていた。

「……?」

 気絶しているわけではないようだが、動かない。

「動けんぞ、考えることを停止させておるからな。こちらは何もするつもりはないのだが、この男を動かしておくとワタシが怖いのでな。こちらに気を取られている所為でお主の頭を覗けないのが残念ではあるが……」
「……お前、ノアの一族か」
「話が早くて助かる」

 男が笑い、入口の鍵を閉める。ユウの逃げ道をなくすためかと思ったが、それを思った瞬間に男の口から「それはない」と否定の言葉が出てきた。

(考えていることがわかるのか?)
「ああ、それがワタシの能力だ。人の頭を好きに弄ることができる。人質に取るつもりはないが、この男の頭を破裂させることも可能だ」
「俺に何の用だ」
「なに、せっかくワタシの目に入ったので少し忠告してやろうと思ったまで。お主、次に私と会った時、私と一緒にいる男に殺されるぞ。気を付けることだな」
「は?」
「お主はジョイドに選ばれた。だが、それを歓迎しないノアの一族は多いと言うことだ」
「どうして」

 ユウが尋ねると、男はニコリと笑い、そして自身の口に人差し指を当てて少し黙るようにユウに指示した。

『ワイズリー?どこへ行ったんだい?』

 そんな声が部屋の前を通り、遠くなっていく。すると、男は口から人差し指を離した。

「今の声を覚えたか?あれが、お主を殺そうとしている人間の声だ。あの声を近くに感じたら、すぐに逃げることだ。お主では勝てぬ」
「……」
「お主とその護衛の顔は私しかわからない。だが、あれは鋭い男だ。私が最初に伝えた容姿のみでこれだと気付くだろうよ」
「お前、味方なのか?」
「味方、というわけではないが、手助けはしてやる。それがノアの知恵を受け継いだ私のすべきことだからな」

 男の言っていることは訳が分からない。ユウがさらに深く尋ねようとすると、その前に男が入口の鍵を開けた。

「明日は昼までここで待機し、その後ここを発つといい。私たちは早朝に砂漠の国へ向かうぞ。この街は大きく、良いところだが、敵も多い」
「待て、まだ俺は何も、」
「お主が知る必要はない。ジョイドに会いさえすれば、すべてはノアの意志のままに動く。……もし、もう一度お主と生きて会話をすることがあったのなら、話してやろう。そして、お主の頭も覗かせてもらうぞ」
「う……」
「リンク、」

 リンクが声をだし、表情が戻る。それに気を取られた瞬間に男は部屋から出てしまった。
 慌てて追いかけようとしたが、男の行っていた“声”の存在が気になり、体が動かない。

「王女、何が……?あの男は?」
「明日、昼まで部屋から出ないで過ごす。砂漠の国へは行かず、別の道を考える」