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 リンクの言っていた通り夕暮れ前に街に到着することができたユウ達は、閉まる前にと馬屋へ行き馬を二頭買った。最初に提示された値段はかなりのものだったが、どうやったのか、金を払う直前には半額以下に値段が変更されていた。

「連れて行くのか?」

 てっきり、出発時に引き取るものと思っていたのだが。そうリンクに尋ねると、リンクは馬二頭の手綱を引っ張りながら頷いた。

「はい。この街なら馬を繋いでおける宿もあるので。それに、引き取るまでに別の人間に馬を買い取られては困りますから」
「そんなことあるのか?」
「だいぶ値切りましたから、元の値段で買う人間がいたらそちらに買われます。この地方ではよくある話です」
「その場合、出した金はどうなるんだ?」
「そのままの金額が返ってくるか、別の馬をもらうことになりますね」
「へぇ……」

 金を払った時点で取引が成立するわけではない。風習というので片づけるにはいかがなものかと思うが、ここら辺ではそのやり方がまかり通っているのだろう。

「この辺りを統治している王も黙認しています」
「変な国だな」
「値切ったのはこちらです。生活が懸かっている者のそういった行動を咎めることはできません」

 そう言われてみればそうかもしれない。今まで金を考えて買い物をしたことはなかったが、今回の旅で残金を気にすることを覚えた。リンクが馬を値切ったことに対してもこれから先を考えれば仕方ないと思っていたが、馬を売る方だって生活の為に何とか値切らせないようにと必死だったに違いない。結果、リンクが半額以下まで値切ってしまったわけだが。

「この宿にしましょう」

 街の様子を見ながら歩いていると、リンクが立ち止まって大きな建物を指差した。街で一番大きいのではないかと思えるような巨大な建造物だ。

「ここ、金がかかるだろ、」
「多少高くともこの街では高い宿に泊まった方がいいんです」

 ユウが他の宿にしないかと尋ねる前にリンクが馬小屋にいた人間に金を渡して馬を預けてしまう。そして、受付にも金を払って部屋をとってしまった。

「おい、」
「言ったでしょう、この街では高い宿に泊まった方がいいと」
「理由を聞かせろ」
「まず、高いと言っても銀貨一枚程度の違いです。ですが、銀貨一枚でもサービスの質はかなり下がります。高い宿と違って、サービスで金をとろうとするので、最終的には高い宿の方が払う金が少なく済みます」
「……」
「例を挙げましょうか?この宿での二人分の宿泊費が金貨五枚、安い宿での宿泊費は金貨四枚と銀貨十四枚だとします。ああ、この国では金貨一枚が銀貨十五枚、銀貨一枚が銅貨二十六枚と同額です。我が国とは相場が違いますね」

 そう言われ、自国の相場はどうだったかと思い出していると、思い出す前にリンクが話を次に進めた。

「銀貨一枚分しか違いませんが、高い宿の方は夕食と朝食が付いています。それに対し、安い宿はそれぞれ銅貨十枚で夕食と朝食を付けられます。この時点で安い宿の金額は金貨四枚、銀貨十四枚、銅貨二十枚です」
「あと銅貨六枚で高い宿と同額ってことか」
「さらに、部屋には掛布団がありません」
「は?」
「掛布団は受付で借ります。借りるのに一枚銅貨四枚が必要です。二人分なので二枚、銅貨は八枚必要になります。さらに、風呂場には照明も、入浴に必要な道具もないのでそれも受付で購入しなければいけません。銅貨二枚が必要です。まあ、これは共有もできるので一つでいいでしょう。これで、とりあえず高い宿と同じサービスになりますね。」

 つまり、金貨五枚と銅貨四枚が必要になる。

「お前、よく知ってるな……」
「ある程度のことは国に来た商人から情報を仕入れていますから」

 いつも傍にいるくせに、よくそこまで情報を仕入れられるものだと感心する。

「どこ行くんだ?」
「商人から情報を得ていると言っても最近の状況はわかりません。酒場で調べてくるので休んでいてください」
「俺も行きたい」
「貴方を連れてはいけません」
「何で」
「夜の酒場など、貴方の行っていい場所ではない」
「……」

 歳もそう違わないリンクに言われても納得できない。違いがあるとすれば、王族ということぐらいだろう。

 リンクが行ってしまってから暫く、ユウはリンクの言いつけを守って部屋で待っていたが、ちっとも帰ってくる気配がないのでリンクが置いて行ったスペアの鍵を持って部屋を出た。

「鍵おいて行ったってことはそういうことだろ」

 宿自体が大きな建物なので迷うこともない。金は少ししかないし、日も暮れて買い物ができる店はすべて閉まっているようだったので、とりあえず外から明かりが点いている民家ではない建物の様子をうかがう。

「……」

 少し、リンクが言っていた意味を理解した気がした。明かりが点いている建物の中には露出の高い衣装を着た女が沢山いた。やけに旅慣れているリンクならば気にならないことなのかもしれないが、城から初めて出たユウには信じ互い光景だ。
 他にユウの入ることが出来そうな建物はないかと探しても、どうも入りにくい雰囲気の店しかない。

「っ、すまない――!!」

 大人しく帰るかと振り返ったところでユウの後ろを歩いていたらしい人にぶつかってしまった。

「お前っ、」
「ほう、この街まで来ていたか」

 ぶつかった相手はティキの天敵であるクロス・マリアンだった。この男さえ来なければティキはきっとまだユウの奴隷として城にいたはずだ。
 この男の近くにいては絶対にティキには会えない。そう感じて急いで離れようとしたが、ユウが動く前にマリアンがユウの腕を掴んだ。
 掴まれた腕が痛み、そこから心臓あたりへと痛みが広がる。

「離せっ、……あ、」

 何かの映像が頭をよぎり、それとともに頭痛が生じる。

「痛むか」
「な、に、」
「少し話をしてやる。来い」

 体の痛みでまともに動くことも話すこともできず、クロスに引かれるままに先ほどユウが覗いていた建物の中へ入った。

「あら、クロス様!」
「まあ!」

 中に入るなり女たちが騒ぎだし、ユウ達の方へと近寄ってくる。まあ、女たちの目はすべてクロスへと向けられているが。

「今日こそは私を選んでいただきたいですわ」
「まあ、私だって最後に選ばれてから――」
「悪いが、今日は連れてきた」
「…それなら、仕方ありませんわね、」

 女たちの前に出され、嫌な目を向けられつつマリアンに手を引っ張られるままに建物の二階へ連れられ、小さな部屋のベッドの上に乱暴に放り投げられる。
 マリアンが鍵をかけている間に何とか呼吸を整え、ベッドの隅へ移動する。窓も小さく、通れそうにない。第一、通れたとしても二階から飛び降りる勇気がない。

「構えるな。場所が場所だ、そういう気分になるぞ」
「……」

 警戒を解かないままマリアンの様子を探っていると、マリアンはユウに触れることもなくベッドに座った。

「ジョイドは見つからず、か?」

 黙ってもマリアンにはわかるのか、「ふん、」と笑って煙草を取出し火をつける。

「お前一人か」
「……違う、」
「あの従者だな?」

 どうせリンクもこの街にいるのだしいずれ知られるだろう。ユウが一人ではないと言うと、マリアンはすぐに連れがリンクだと気付いた。

「まあ、あれならあらゆる知識を持っているだろうし、世間知らずのお姫様には丁度いいだろう」
「アイツのこと何か知ってるのか?」
「お前の国の城であれを知らんのはお前くらいだろう」
「……あいつは何者なんだ?」
「知りたかったら自分で聞くんだな。尤も、お前が多くを知る必要はないと思うが」

 それからマリアンはユウの腕のブレスレットに興味を持ち、く、と笑った。

「砂漠の守り石か。これに選ばれているということはやはり、お前であっているようだな」
「何のことだ」
「お前は知らなくていいことだ」
「お前は俺に何をさせたい?」
「いずれわかる」

 その後、ユウは何事もなく解放され、建物から出たところで血相を変えたリンクに発見されて宿で説教を食らった。