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「この辺りに街はないのか?」
「あと五キロ程歩けば」
「五キロ……」

 ティキの故郷である砂漠の国へ向かうと決めてから十日。ユウとリンクは何もない平原を歩いていた。

「やっぱり遠いんだな、」
「城にいる時に地図の見方を教わっているはずですが」
「知ってはいても、実際に歩いてみないとその遠さなんて実感できないだろ」

 リンクの発言にむっとしながら言葉を返し、城にいる時に見た地図を思い出す。
 地図はユウの国を中心に描かれたもので、砂漠は城から西、地図の端ぎりぎりに描かれていた。あの時はどうせ自分は城から出ることなんてできないのだといい加減に聞いていたが、確か、地図上で端に位置する場所は国から歩いて一月はかかると言っていた気がする。

「このまま歩けば夕暮れ前には街につきます。それなりに大きな街ですから、そこで馬を買いましょう」
「馬か、それなら移動が楽になっていいな。……というか、今までどうして馬を買わなかったんだよ」
「落馬の心配がありますから」
「俺が馬から落ちるとでも言いたいのか?」
「長距離を馬で移動したことなんてないでしょう?」 「……」

 馬鹿にするなと言いたいが、確かに、リンクの言うことは一理ある。ユウは乗馬の経験が無いに等しい。一度や二度馬に乗ったことはあったが、必ず補助がついていた。

「お前は乗れるのかよ」
「ええ」
「……何で」

 ユウの記憶では、リンクもあまり乗馬の経験が無かったはずだ。リンクは常にユウの傍にいたのだから、リンクが乗馬の練習をしていれば気づく。

「貴方の下に就く前に乗っていました」
「……お前、確か俺が十の時には城にいたよな」
「ええ。そして、貴方が十一の誕生日を迎えた日に、貴方の世話係になりましたね」
「お前、俺より一つ上だろ、十一の時には馬に乗れてたってことか?」
「そうです」
「そういえば、お前って城に来る前は何してたんだ?確か、俺が――」

 当時のことを思い出しながらユウが話しを続けようとすると、その前にリンクが口を開いた。

「貴方に拾われて、城で働くことになりました」

 リンクの淡々とした声はユウにその時のことをあまり思い出してほしくないようだった。からかってやろうかとも思ったが、今の表情のリンクがユウの望む反応を返してくれるとも思えず、ユウは口を閉ざして辺りを見渡した。やはり、何もない平原が広がっている。

「街へ向かう方向より少し外れると川があります。そこで休憩しましょう」
「……任せる」
 いい加減歩くことに飽きていたし、動かし続けていた足はとても重くなっていた。疲れの見えない表情でユウの傍を歩いているリンクに休みたいと言うのも悔しくて我慢していたのだが、その我慢すらリンクにはお見通しだったらしい。

 それから暫くは会話もなく歩き続け、川辺に到着したところでリンクが荷物を下した。

「ここで食事を取って、少し体力を回復させたら出発しましょう」
「わかった」

 リンクにならってユウも荷物を下すと、靴を脱いで服が濡れないように気を付けつつ足を川の水に浸してみた。それなりに流れがある川なので、冷たい水だ。歩き続けて熱を持った足にはちょうどいい。

「王女、冷やしすぎるのもよくありません。こちらへ」
「お前、この場でも王女と呼ぶのか?」
「今は人がおりませんので。次の街へ行くまでに考えます」
「別にユウと呼べばいいだろ」
「……」

 別に立場上名前で呼んではいけないというわけではない。呼び捨てには問題があるかもしれないが、“様”でもつければ問題ないだろう。
 川から出ると、ユウはリンクが敷いた敷物の上に座り、ほっと息を吐いた。街を出てから十日、食事と睡眠以外はほとんど歩き続けているために、ユウの体力は限界に近づいていた。これくらいで、と己を叱咤するが、城育ちで、さらには女として育てられてきたユウは同年代の男性よりも体力がないのだ。
「失礼します」

 パンツの裾を捲し上げたまま足を伸ばして水を飲みながら休んでいると、リンクが同じく敷物に座り、ユウの足に触れた。

「何だ、」
「マッサージした方が疲れも取れます」
「いい、自分でやる」
「貴方のやり方では雑すぎる」

 今までにも何度か休憩を取り、その度にユウは自分で足を揉んでいたのだが、それを見ていたリンクにはその適当さが気になったらしい。

「やり方を習ったことないんだから仕方ないだろ」
「ですから、私に任せてください」

 そんなに自信があるのならやらせてやるかとユウが頷くと、リンクの指がユウのつま先に触れた。暫く黙ってリンクの自由にさせてみれば、確かにユウが自身でやる時よりも気持ちよくて少し悔しい。自分で言っておきながら下手だったら小言の一つでも言ってやろうと思っていたのだが、これでは感謝の言葉を言ってやらなければならなくなりそうだ。

「少し無理をして歩いていましたか」
「……そこまで無理はしてない」
「砂漠の国へはまだまだかかります。行き先を変えるというのなら――」
「変更するつもりはない。砂漠の国へ向かう」

 結局話はそこへ行くのかと少し苛立って声を出すと、リンクは変わらず手を動かし続けながら口を開いた。

「砂漠の国へ行ったところであの男と出会える保証はありません。むしろ、会えない可能性の方が高いでしょう」
「わかってる。それでも、他に手掛かりがない以上行きたい」

 ティキが砂漠の国へ戻らないことなどわかっている。今はもう滅んだ国ではあるが、残っている人間も中にはあるだろう。その者達がティキが戻ったところで喜ぶかと言えば、そうではない。

「どうしてあの男にそこまで執心するのですか?あの男は結局貴方を置いて行った。貴方の願いを叶えてくれるのはあの男ではない」
「確かに、俺は置いて行かれた。けど、あいつが言っていたことは尤もだ。多くから逃げている身に俺は足手まといになる」
「それならば、再び会ったところで行動を共にすることができないことも分かっているでしょう?何故、会おうとするのですか」

 何故――?その質問に、ユウはすぐに答えることができなかった。ユウが黙ってしまったことを疑問に思ったらしいリンクが顔を向けて「どうかしましたか」と尋ねてきても、答えられない。

「……わからない」
「わからない?」
「けど、会いたい」

 リンクが眉を顰めるのも無理はない。しかし、ユウにはティキに会いたい理由がわからなかった。
 確かに、ティキは自分にとって特別な存在であったと思っている。だが、置いて行かれた時に彼の後を追わないと決めたはずだ。

「……リンク」
「何ですか」
「俺は、何を忘れている?」
「……」

 マッサージをしていたリンクの手がピクリと不思議な動きを見せたが、すぐに一定の動きに戻る。

「俺には、あいつを逃がしてから宿で目覚めるまでの記憶がない。お前に任せきりで旅をしていたと言うが、城を出た記憶もない。俺はどこかで頭でも打ったのか?」
「何を今更……宿で目を覚ました貴方に説明した時、それで納得していたでしょう?」
「何で会いたいのかと聞かれて気づいた。城にいたとき俺は、あいつの邪魔をしたくないと思っていた。そのことははっきり思い出せる。それなのに、宿で目を覚ましてから、あいつに会いたくて仕方がない」

 自身の心境の変化ではあったが、ユウには説明することのできない不思議な気持ちだ。

「いつも俺の傍にいるお前なら、何か知っているだろ」
「いつも一緒にいたとしても、貴方の心は私の方へは向いていない。その心の変化を、どのように知れと言うのですか」
「何で怒ってるんだ」
「怒っていません。もう足を隠してください」

 マッサージを終えたリンクの手がユウの足から離れる。だいぶ足が軽くなった気がする。
 休む間もなく食事の用意をしているリンクを見て、ユウは少し自分が情けなくなって敷物に倒れこんだ。

「王女、もうじき食事です」
「寝るわけじゃない」
「……では、用意が出来たら呼びます」
「ああ」

 食事の準備の音を聞きながらユウは溜息を吐いた。

(こいつがいないと、何もできないんだな、俺は)