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「あれ、オッサンたしか……」
「久しぶりだね」

 店番を頼まれなかった夕方、ティモシーは広場で友達と遊んでいた。
 追いかけっこも飽きてきたし、次は何をして遊ぼうか?そんなことを話していたところに、二人の男が近づいてきた。

 一人はティモシーの記憶が正しければ店に宝石や呪い道具を売りに来る男だが、もう一人の男には見覚えがなかった。まだ若そうな顔だが髪の毛は真っ白で、不思議な模様のターバンをつけている。

「さっき店の方へ言ったら興味深い話を聞いてね」
「興味深い話?なんだい?」
「以前僕が店に売ったブレスレットが守るべき相手を見つけたらしいじゃないか」
「!ああ、そうなんだよ!そっか、あんたが持ってきた商品だったっけ」

 わざわざそのことを話しに来たのかとティモシーが尋ねると、男がニコリと笑う。

「それでね、是非ともそのブレスレットに受け入れられた持ち主を見てみたいんだけど、どこにいるか知らないかな?」
「うーん……今朝見たけど、どっか出かけるみたいだった。旅人みたいだし、残念だけどもう街を出たと思うぜ」
「そうか。じゃあ、どんな容姿をしていたかだけでも、教えてもらえないかな?」
「教えたってもう探せないよ」
「いいじゃないか」
「……それに、客の情報はあまり喋るなって言われてるんだ。悪いね」

 何となく男の笑みに違和感を覚え、適当に理由をつけて友達との会話に戻ろうとする。だが、男がティモシーの腕を掴んで引き留めた。ティモシーの腕を握る力はとても強い。

「何だよ、」
「とても大切なことなんだ。教えてもらえないかな」
「……」

 男に握られている腕がミシミシと痛む。ティモシーの眉間に皺が寄り、男に放すように言っても男はブレスレットを買った客のことを教えるように言うだけでティモシーの手を放そうとしない。それどころかさらに力を込めてくる。

「よせ、どうせ話してもらったところで曖昧な容姿の情報では誤認する」

 今にも腕が折れてしまいそうな状態からティモシーを解放したのは、男の隣で静かにティモシーと男のやり取りを見ていた白髪頭の男だった。

「すまんな、小僧。手荒な真似をするつもりはなかったのだが」
「……いいよ、別に」

 男から解放された手にはくっきりと手形がついてしまった。痛みもしばらくは取れそうにない。

「俺、友達のとこに戻りたいんだけど」

 次に何をして遊ぶか話をしていたのに、男たちの所為で友達は少し離れた場所へ移動してしまった。今は会話をしているわけでもなく、ティモシーが突然男に腕を掴まれたので不安そうにこちらを見ている。

「親から言われたことを守るのはよいことだ。何、お主が言わずとも少し頭をのぞかせてくれればいい」
「え?」
「すぐ終わる」

 白髪の男がターバンを上へとずらす。

「目が、」

 ターバンによって隠されていた白髪の男の額には奇妙な模様があった。まるで目のように見えるその模様から目を離すことができない。
 模様に見入っているうちに頭痛と耳鳴りがティモシーを襲い、ティモシーはその場に崩れ落ちた。

「暫くは安静にしておることだな。その後、友達と思う存分遊べ。じゃあの、小僧」

 男達がいなくなると、友達が心配そうにティモシーに駆け寄ってきた。

「イテテ……」

 頭を押さえつつ体を起こすと、友達が口々にティモシーに声をかける。

「おい、大丈夫か?」
「さっきの誰だ?」
「腕掴まれてたけど、お前何したんだよ?」
「何もしてないよ……ただ、客の情報教えなかっただけ」
「それくらいであんなに怒るか?すっげー怖かったぜ?」 「だから、何もしてないんだよ……ごめん、俺ちょっと休んでる」
「わかった」

 ティモシーが広場のベンチに座ると、子供たちが近くでチャンバラを始める。ティモシーの好きな遊びなのですぐにでも参加したい気持ちはあったのだが、頭痛と耳鳴りが収まらない。
「あの白髪頭、何したんだよ……」

 白髪の男がターバンをずらしたところまでは覚えているが、そこから先を思い出せない。気づけばティモシーは具合が悪くなって地面に倒れていた。

「あんちゃん達、大丈夫かな、」

 あれだけ執拗にブレスレットを買った相手のことを知りたがったのは、きっと興味がわいたからというだけでなく、何か理由があるはずだ。そして、その理由はとても良くないことに違いない。
 ブレスレットを買ってくれた客人に知らせなければいけないとは思うが、幼いティモシーには彼らに伝えるすべがない。
 ただ、二人の無事を祈った。









「なかなか美しい容姿をした野郎だったぞ」
「へぇ、」
「あれは一般人ではないのう……どこかの貴族か王族か…もしかすると、男娼かもしれんが」

 広場から離れた裏路地で白髪の男、ワイズリーは先ほどティモシーから読み取った情報を男に話していた。
 ワイズリーの能力は他人の記憶や思考を操作できるというものだ。人の考えていることを読み取ることや、記憶を覗き見たり弄ることができる。先程はティモシーからブレスレットを買った客人の記憶を盗み見た。
 ティモシーの記憶の中の客人は恐ろしく美麗な男だった。フードを被っている為、もしティモシーが男よりも長身であったならその顔を見ることはできなかっただろう。ティモシーが幼く男より身長が低かったからこそフードの中を覗き見ることができたのだ。
 白い肌は長時間日に当たることが許されない環境にいることを、額を隠していた黒く艶やかな髪はそれだけ髪を手入れする時間があることを、男のしぐさは教育がきちんとなされていることを教えてくれた。それだけわかれば男の身元を調べるのは容易いことだ。
 今の時代、その三つの条件を満たすことができる男は貴族と王族、男娼のみ。貴族か王族ならば髪色から地方の判断をできるし、男娼ならばこの辺りの娼館を調べればいい。
「旅人だと言っていたから、男娼はないだろうね。貴族か王族なら、お忍びというところか」
「黒髪は東部地方にある国々の王族、貴族に多い。その国の人間ならば、よくもまあここまで来たものだ、とは思うがのう」

 大体、そういった立場の人間はお忍びであったとしてももっと付き人を連れているものだ。覗き見た記憶では男は一人で買い物をしていたようだったし、今朝方の会話でも一人付き人を連れているだけだった。

「他に何か情報は得られなかったのかい?」

 デザイアスがイライラしたように尋ねてくるが、ワイズリーははっきりと首を横に振った。デザイアスの眉間に皺が寄るが仕方がない。ワイズリーの能力も万能というわけではないのだ。

「容姿以外にはない。話をしたとはいっても客と店番だ。深い会話はせん。ただ、」
「ただ?」
「この街を出る際、あちらの方角にある出口へ向かっていったようだった」

 ワイズリーが指をさした方向をデザイアスが見、目を細める。

「僕たちの故郷がある方角だね」
「可能性としてはあるじゃろうな。何せ、あの石が認めたということは、ジョイドだけでなく相手もジョイドを受け入れていたということだ。受け入れた相手がいなくなれば、手がかりがあるかもしれん場所を探すのは当たり前だ」
「なるほど。じゃあ、一度僕は戻ってみることにしよう。ワイズリー、君はどうする?まだこの街に隠れているかい?」
「……いいや、ワタシもお主と一緒に行こう。ジョイドと関わったことのある者が来たということは、時期にあの魔術師も来ることじゃろう。そうなればここも安心できん」
「あくまで、君は逃げることに徹するつもりかい?戦おうとは?」
「無茶を言うな。私の力は戦いに使えるものではない」

 ワイズリーの能力は応用として相手の脳を破壊することもできる。だが、その為には額にある魔眼を一定の間相手が見続けなければいけない。ワイズリー達の敵であるエクソシストにはその情報がすでに伝わっており、その状況で脳破壊は難しい。

「確かに。まあ、君の能力は戦いに使えずともいろいろと便利だからね。一緒に来てくれれば何かと心強い。深夜、門の前で待ってるよ」
「ああ」

ワイズリーが頷くと、デザイアスは準備をしなければいけないと言ってどこかへ行ってしまった。

「それにしても、あの男の容姿、どこかで……」