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 ユウは不満げに眉間に皺を寄せているリンクを見て肩を竦め、まだ日が昇っておらず薄暗い街を見渡した。リンクが言うにはもう少しすると朝市が始まり、騒がしくなるのだと言う。

「いつまでそうしてるつもりだよ」
「貴方がおかしな発言を撤回するまでです」
「撤回するつもりはない。大体、滅んだ砂漠の国の跡地へ行きたいという発言のどこがおかしいんだ」

 リンクの機嫌が悪くなったのは昨日の夕方のことだ。
 いい加減他の所へ行ってみたくなったユウがそろそろ街を出たいとリンクに言ったところ、「では行き先を決めて下さい。お任せします」とリンクはユウに行き先の決定権を与えてきた。
 他の場所へ行きたいとは思うが、ユウが知っている場所など限られている。そこで思い出したのが、ティキの故郷である砂漠の国のことだった。
 滅んだのはまだ十年前のことだから建物などは残っているだろうし、あわよくば、ユウの前から姿を消したティキの手がかりがつかめるかもしれない。
 そんなことを考えながら、それでもリンクにはその意図を悟られないように提案したつもりだったのだが、長い付き合いのリンクを誤魔化せるはずもなかった。ティキの事を快く思っていないリンクにとって、ユウの口からティキに関する言葉が出てくるのは腹立たしい以外の何ものでもないようだ。

「それに、俺に決めろと言ったのはお前だろうが」
「あんなことを言い出すとは思わなかったので。何故滅んだ国へ行く必要が?この街から少し北上したところには紡績で有名な街がありますし、その他にもこの近くから行ける範囲で貴方の楽しめるような場所は沢山あります。わざわざ何もないところへ行って何になりますか」
「何もないわけじゃない。国には砂漠の国から移住した人間もいる。そいつらの生まれ故郷を知っておいて何が悪い」
「移住した国民の生まれ故郷を知りたいわけではないでしょうに」

 見え透いた嘘を吐くなとリンクが嫌な溜息を吐く。ユウとしてはリンクに気を遣ってやったつもりだったのだが、逆にリンクの気に障ってしまったらしい。

「じゃあ正直に言ってやる。俺はもう一度あいつに会いたい。あいつに会う為の手がかりを探したいと思ってる。お前が反対するっていうならそれでもいい。俺は一人でも行く」
「貴方が一人で旅をすることなど認めるわけにいきません。……大変不本意ですが、それが貴方の本当に望んでいることならば従います」
「だったらもう反対しているような言葉は言うな」
「賛成しているわけではありませんので」

 あくまでもユウが行くと言うから仕方なくついていくのだとリンクが言う。
 もうこのことについて口論するのも馬鹿馬鹿しい。そう考えたユウは口を閉ざし、街の出入り口へと足を勧めた。と、そこで誰かに呼びとめられる。

「あんちゃん!」
「…店番の子供か」

 ユウを呼びとめたのは、数日前にユウがブレスレットを買った店の店番をしていた子供だった。傍には小型の犬がおり、散歩をしているところだったようだ。子供はユウの姿を見てほっとしたように頬を緩め、走って近づいてきた。

「よかった、まだ生きてた」
「勝手に人を殺すな。何か用か?」
「あのブレスレットについて親に聞いたんだ」
「へー」

 ユウのことを本当に心配してくれるのはありがたいが、ユウは呪いを気にしていないので話を聞いたところで関係ない。そんな気持ちから生返事をすると、子供はむっとして頬を膨れさせた。

「ここ大事なところなんだから良く聞けよ!石に受け入れられると、石が真っ赤になるんだ」
「こんな風に?」
「そうそう、そんな風……」

 ブレスレットを見せると子供の顔が驚きで固まる。そして、嬉しそうに目を輝かせてユウを見た。

「あんちゃん、石に受け入れられたんだ!」

 受け入れられた、とはいってもあまり実感はないのだが……。
 真っ黒な石が鮮やかな赤に変わったことには驚いたが、変化前と後でこれといって変わったものはない。

「これから出かけるのかい?」
「ああ」
「それじゃあ、きっとその石が守ってくれるよ!良い旅を、あんちゃん!」

 子供が犬を連れて走って遠ざかる。

「そのブレスレット、何か曰く付きのものだったんですか?」
「あ?ああ、石に受け入れられた人間は絶対の守りを得るが、受け入れられなかった場合は死ぬらしい」
「……またそんな危ないものを買って、貴方と言う人は、」
「俺は石に選ばれたらしいぞ。結果良しというやつだろ」
「選ばれていなかったらどうする気だったのですか」
「どうもしない。どうせ迷信だ」
「……ハァ」

 ユウの言葉が信じられないと言わんばかりにリンクが頭を抱え、ユウの腕のブレスレットを見る。

「さっさと行くぞ。朝市が始まる前に街を出るんだろ」

 食料は昨日のうちに購入し、準備するものは何もない。人が出てきて騒がしくなる前に街を出ようと言ったのはリンクだ。そのことを指摘するとリンクは「そうですね」と言って口を閉ざした。









「いらっしゃいませ」

 ユウとリンクが旅だった日の夕方、ユウがブレスレットを購入し札を貰った店に一人の男が訪れた。褐色の肌に漆黒の髪、その特徴はユウの探しているティキと同じものだったが、その男の鋭い目はまるで蛇のようだ。優しさは欠片も見えない。
 子供の姿は店にはなく、女が店番をしていた。恐らくは子供の母親だろう。
 女は男の姿を見ると「まあ」と声を出して頭を下げた。

「お久しぶりですわ、デザイアス様」
「またいくつか見てもらいたい品があってね」
「それはありがとうございます」

 デザイアスと呼ばれた男が女に布袋を渡し、女が袋の中身を鑑定している間に男が店の中を見て回る。男は色々な品に目を向け、時には手に取ったりとしていたが、何かに気づいたのか店の奥にいる女に声をかけた。

「あのブレスレットがないようだけど、また買い手が現れたのかな?」
「ええ、そうなんですよ。それも、今回はデザイアス様が仰った通り漆黒の石が鮮やかな赤に変わったとか!」
「変わった?……それは良いことを聞いたよ」

 男の目に怪しげな光が灯り、女が不思議そうに男を呼ぶ。

「デザイアス様?どうかなさいました?」
「誰が買ったのかな?」
「ええと、息子が店番をしていた時ですので詳しくは……」
「息子さんは、今どこに?」
「友達と広場にいると思いますわ」
「そう」

 それ以降男は何も喋らず、女は不思議に思いながらも男が持ち込んだ宝石や守り札の鑑定をした。

「デザイアス様、今回も質の良いお守りをありがとうございました。合計でこちらの金額でいかがでしょう?」
「ああ、結構」

 女に提示された紙に書かれた金額に男がすぐに頷き、女は手早く金を用意した。

「また頼むよ」
「はい。よろしくお願いいたします。ありがとうございました」

 店を出ると、男は近くの路地に入り込み、そこで猫と戯れていた男に声をかけた。褐色の肌はデザイアスと呼ばれた男と一緒だが、髪の毛は対照的な白色をしている。

「どうだ、良い値で売れたか」
「まあね。ところで、なかなか面白い話を聞いたよ」
「何だ?」
「あの店に以前僕が売ったブレスレット、どうやら持ち主を見つけたらしい」
「……ほう」

 白髪の男が面白そうに口を歪め、猫の頭を撫でる。猫は気持ちよさそうに目を細めていたが、突然何かに脅えるように悲鳴に近い鳴き声をだして逃げてしまった。

「何をする」
「少し真面目に話を聞いてもらいたいんだけど?」

 男の冷ややかな声に白髪の男が肩を竦め、猫が逃げて行った方向を見ながら口を開く。

「……確か、あの店に並ばせたのはジョイドの石だったか」
「そうだよ」
「ジョイドがあのジョイドならば、第一位になるか。それで、ジョイドの石が持ち主を見つけたと知ってどうする気だ?」
「勿論、探して、ちょっと質問をする」

 男の答えに、白髪の男の目が細められる。まるで、男の言葉に嘘を見たようだった。

「質問か」
「そうだよ。質問だ。ジョイドの石に選ばれたと言うことは、ジョイドにあったということだ。どこで会ったのか、どうやってジョイドを落としたのか聞かないとね。石を渡した時店番をしていた子供は今広場にいるそうだ。君の力を貸してくれるかな、ワイズリー」
「いいじゃろう。仲間の所在はワタシも知りたい」