リンクが出立に必要な買い物をして宿に戻ると、出かける前には窓辺の椅子に座っていたはずのユウが立ち上がり、部屋の中を見た状態のまま立ちすくんでいた。
復活してからのユウがリンクの指示なしで動いたことはなく、不思議に思いながらも荷物をテーブルに置き、ユウの肩に手を添える。 「王女、椅子に――」 座っていてください。そう言おうとした時だ。 「リンク?」 ユウの目がはっきりとリンクを見、今まで一言も発することのなかった口から声が出た。 「王女、どうして、」 驚きでリンクが一歩後ずさると、ユウはその態度は何だとむっと顔を顰める。 「…まあいい。それより、俺は何でこんなところにいるんだ?」 「…覚えていないのですか?」 「覚えて…?アイツを逃がしてから、確か……?」 アイツとはユウが奴隷として所有していた賊のことだろう。 「あの男を逃がしてからというもの貴方があまりに大人しかったので、それを心配した王が気分転換にと旅を許可したんですよ。あんなにも喜んでいたのにお忘れですか」 自分が死んだことを覚えていない。それどころか、あの男を逃がしてからの記憶が消えている。 考え込むユウを見てそう悟ったリンクは無理矢理だとは思ったが―ユウに対し過保護すぎる王が付き人一人の旅を許可するはずがない―二人きりで安宿にいる理由を捏造した。死んだことを覚えていないのならば、覚えていないままの方が良いと判断したのだ。死んだ人間が生き返るなどと言うことは常識から外れているし、それを知ったユウの精神が正常でいられるとも限らない。 「そうだったか?……いや、そうだったな」 最初はやはりリンクの言ったことが信じらないようでユウは疑いの目を向けてきたが、ユウ自身の記憶が曖昧であることも関係しているのか、リンクが考えていたよりもあっさりとユウはリンクの言ったことを受け入れた。 「貴方は移動中全て私に任せて寝ていたんですよ。ここまで来るのにどれだけ苦労したことか、」 「ああ、わかったわかった。悪かった。それで、ここはどこだ?」 「ここは城の西にある同盟国内にあるワインで有名な街です。以前城に大量のワインが届けられた時があったでしょう?そのワインは全てこの街で作られたものです」 「そう言えばそんなこともあったな。確か飲んでみようとしたらお前に怒られたんだ」 三年程前、同盟国から城に大量のワイン樽が贈られたことがあった。大人が美味そうに飲んでいるのを見て興味がわいたユウが王や護衛の目を盗んでこっそりワインを飲もうとしていたのをリンクが目敏く発見して叱りつけた。 当時のユウの年齢は飲酒を禁止されている年だった為にリンクが普段よりもきつく叱ったので、何度もリンクから怒られているユウの記憶にも強く残っていたようだ。 「じゃあ、あの時城に贈られたワインを買って飲んでみるか。もう十五だ。飲んでいいだろ?」 「この国の法律では十八らしいですよ」 法律で決められたことには従うべきだとリンクが主張すると、ユウはつまらなそうな顔をして窓枠に座る。行儀の悪さを注意することも考えたのだが、結局リンクは注意せずにユウとの会話を続けることを選んだ。その行儀の悪さがユウらしくて嬉しかったのだ。 「ああ?自国で解禁の年なんだから良いだろ」 「どうせ売ってもらえません。売った方が罰せられますから」 「…つまんねぇ」 折角城からでて自由にやりたい放題出来ると思ったのに。ユウの表情がそう言っている。 わかりやすいユウに苦笑いするリンクだったが、ユウが窓の外を見ていることに気づくと近づいて持っていた財布を渡した。 「財布?」 「折角城から出たんですから、街に出てみてはどうですか?好きなものでも買って…」 街と聞いてユウの目が分かりやすくキラキラと輝き、白く奇麗な指が財布を掴みとる。 「一応言っておきますが、顔は隠して身分を明かすようなことは――」 「わかってる。そんな馬鹿じゃねぇよ」 上機嫌に外へ行く準備をしているユウを見ていたリンクだったが、ふと今街中で噂されている聖女の話を思い出し顔を曇らせる。 「……やっぱり、私も行った方が、」 「俺はガキか。一人でいい」 「しかし、」 ユウが噂を気にしなければいいが、噂を耳にし、それが自分のことであるとわかった時の反応が恐ろしい。一緒にいればフォローも出来るが、ユウ一人では…… だが、リンクの心配する理由をユウが知るはずもなく、ユウはフードを被ると逃げるように部屋から出て行ってしまった。 街の賑わいを見てユウはほう、と息を漏らした。 先程リンクが言っていたように、確かにワインで有名な街なようだ。至る所にワイン専門の店がある。店の外で試飲を配っている店もちらほらあるが、ユウはやはりと言うべきなのか近くを通っても試飲を勧められることはなかった。深くフードを被っているので顔の幼さでは判断できないはずなのだが、どうしてもまだ若いと言う雰囲気が伝わってしまうらしい。 「そうだ、服買うか」 折角財布を持っているので何か買おうかと欲しいものを考えていると、着ている洋服が目に入った。何度か見たことのある、リンクの洋服だ。 折角城から離れているのだから、あんなひらひらしたものでない、男性用の私服が欲しい。 適当な洋服店に入り、目にとまった洋服を買って店を出る。店で着替えてしまうこともできるようだったが、例え個室で着替えるのだとしてもフードを取るのは気が引けた。 「おーい、そこの旅人さん」 「…?」 幼い声に呼びとめられた気がして立ち止ると、近くの店の窓から子供が顔を出していた。こちらの方向を見て手を振っていたので辺りを見回すが、子供に手を振り返している通行人はいない。 「あんたのことだよ!」 「俺?」 「そうそう」 何か用かと子供の近くまで足を動かすと、子供の姿がぱっと消え、今度は窓ではなく入口から現れた。子供の奥、店内には宝石、札、短刀、さまざまな商品が陳列されている。 「旅人だろ?お守りのペンダントなんてどうだい?安くしとくぜ」 近づいてきたユウの後ろに回り込んだ子供はユウの背を押して強引に店の中に入れ、店内にあるお守りを勧め出した。 買うつもりはなかったが熱心に話している子供が珍しく―ユウの国ではこれくらいの年の子供が商売にかかわってはいけないことになっている―ついつい話を聞いてしまう。 子供の話を聞きつつ店内の宝石を眺めていると、ふと真っ黒な石を連ねたブレスレットが目に入った。 「あ、それは今じゃ珍しいお守りなんだ。昔あった砂漠の国にいた錬金術師が作ったものらしいけど、国が滅んでからはそれを作れる錬金術師がいなくなったらしくて、もう作れないんだってさ」 「そんなに貴重なものがよく売れ残ってるな。こんな安価で」 苦笑いしつつ、ブレスレットを手に取ろうとすると、子供は慌てたようにユウの手を掴んでブレスレットから遠ざけた。そして、ブレスレットの位置が変わっていないことを確かめてほっと息を吐く。 「コレ、曰く付きなんだよ……親父達は簡単に売っちまうけど、オレはこれに関しては絶対に客に勧めないって決めてるんだ」 「お守りなのに曰く付き、なのか?」 お守りではなく呪いのアイテムの間違いではないかと言うと、子供は首を横に振って確かにお守りなのだとユウの言葉を否定した。 「持ってきた商人の話じゃ、持ち主を選ぶんだってさ。この石に選ばれれば、絶対の安全を保障されるけど、選ばれなかった場合……」 「死ぬのか?」 子供が言いにくそうにしていることをあっさりと言葉にすると、子供はぎょっと目を見開きながらも神妙な顔で頷いた。 「そうなんだ」 「けど、どうして戻ってくるんだ?遺族が返しにでも来るのか?」 「勝手に戻ってくるんだよ……」 子供がいかにも恐ろしい話だと言いたげな声色で言葉を発したが、それを聞いたユウは逆に馬鹿馬鹿しく思ってしまった。ブレスレットが勝手に動くはずがない。第一、この店にブレスレットを運んだ商人は死ぬことなくブレスレットを手放せたではないか。 「店に置いとくのも嫌だけどさ、買ったお客が死んじまうのも嫌だし…と、とにかく!そのブレスレットは手に取らない方がいいってこと。それより、こっちのブレスレットの方が……」 「いや、俺はこれがいい」 「あっ!」 他のブレスレットを―どうやらユウがブレスレットに興味があると判断したらしい―紹介しようと子供が曰く付きのブレスレットから目を離した隙にブレスレットを手に取る。特に変わったものはない、唯のブレスレットだ。 「ま、もった瞬間死ぬ、なんてものじゃねぇよな」 「あ、あんちゃん、」 「これをくれ」 買うつもりもなく子供の話を聞いていたが、曰く付きの商品と聞いて信じてはいないが興味を持った。城にいた頃は絶対に触ることができなかった品だ。もっと高かったらこれからの旅を考えて購入を躊躇ったかもしれないが、道の大道芸人に払うチップ程に安い。 「売れないよ、それでもし、あんちゃんが死んだら、」 「お前の所為じゃない。これを買うのは俺が決めたことだからな」 「……本当に買う気かよ?」 「ああ。もう付けた」 ユウが手放す気がないことを悟ったらしく、子供は渋々、とても申し訳なそうに、ユウにそのブレスレットを売ってくれた。もしかすると、ユウが子供の「店に置いとくのも嫌だけどさ」という言葉に反応して購入を決意したとでも思ったのかもしれない。 「サービスでこれも付けるよ。術師が作った札だって。ホントかどうかは知らないけど…」 「いいのか?商品だろ」 「いいよ。それ買ってもらったんだから」 子供が持ってきた箱を開けると、ユウにはよくわからない文字や模様が書かれた札が多数入っていた。 自分が興味を持っただけなのにこんなものを貰うのは悪いと何度もユウは断ったのだが、子供はなかなかに頑固で、最終的に折れたのはユウの方だった。 「あんちゃん、無事でいてくれよ」 「勿論そのつもりだ。じゃあな」 店を出て、日も落ち始めていたので宿へ戻る。 「無事でしたか」 宿に戻るとリンクがさっと椅子から立ち上がってユウを迎えてくれた。余程心配していたのかもしれないが、安堵の表情が腹立たしい。 「一人でも平気だと言っただろ」 「ええ、そうですね。……何か面白いものでもありましたか?」 ベッドに座り、洋服と箱の入った袋を脇に置いたユウに、リンクが興味深そうに話しかけてくる。 「文化が違うからな。全部楽しかった。十かそこらの子供が店番してたぞ」 「確かに、国では見られない光景ですね」 「そういや、その店で子供から貰った。お守り、らしいからお前が持っておけよ。俺は自分の買ったから」 子供から貰った箱を投げるとリンクは投げるなんて、とむっと顔を顰めたが、箱の中身を見ると目を瞬かせた後は「貰っておきます」と言っただけでユウを叱ることはなかった。 「貴方のお守りはそのブレスレットですか」 「ああ。何でも――」 「どうかしましたか?」 流石と言うべきかリンクがブレスレットの存在に気づき、ユウに尋ねてくる。 リンクに良く見えるよう腕を上げ、滅んだ砂漠の国で作られていたものらしいと言おうとしたのだが、ユウは驚きで言葉を失ってしまった。 「王女?」 突然黙ってしまったユウを心配したリンクが近づき、ユウの肩に手を置く。 「…何でもない。絶対の安全を保障してくれるブレスレットだそうだ」 「そうですか」 「俺は信じてないけどな」 「効果はなくとも、それなりに価値はありそうですが。それほど鮮やかな赤、なかなかあるものではありませんからね」 店でユウが身に付けた時は確かに真っ黒な石のブレスレットだった。それが今、赤く輝いていた。 |