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「下がりませんね…」

リンクがユウの額に手を当て、眉を顰める。
マリアンと夜の教会で話をした次の日からユウは熱と吐き気に悩まされていた。医者に見せても解熱薬と嘔吐止めを渡されるだけで、これと言った特効薬はないと言われる。
もう半月近く、ユウはベッドから起き上がれずにいる。

「今食事を持ってきますので」
「…いらない」
「無理矢理にでも食べていただきます」
「………」

リンクが部屋から出ていき、ユウは気だるい体を何とか動かして開け放たれた窓を見た。窓からは心地よい風が入ってくるが、一向にユウの体を冷ましてはくれない。

お前が死んだ時にまた来るとしよう。

あの夜、マリアンに言われた言葉が頭の中に響く。

「この位で…」

原因がわからないと医者が首を捻るこの熱が、マリアンが何かした為のものであることにユウは気づいていた。あの夜教会で感じた激痛が、今の熱と吐き気を引き起こしているに違いない。
マリアンが何のためにユウを苦しめているのかはわからないが、ユウが死ぬことはマリアンにとって何らかの利点があるということ。そしてそれは、あの男を苦しめることに繋がることだ。そうだとわかっていながら大人しく弱っていく程、ユウはか弱くない。

「あいつの思い通りになるものか」

自分の死がユウのことを特別だと言ってくれたあの男を苦しめるというのならば、何が何でも生き延びて見せる。

「食事をお持ちしました」
「………」

リンクが粥を持って戻ってきた。ユウがしっかりと起きているのを確認すると少しほっとしたように―ユウの意識が混濁することを恐れているのだ―口元を緩め、ベッドの傍まで足を進める。
粥をベッドサイドに置かれたデスクに置くと、ユウの上体を支え起こしてクッションに寄りかからせた。

「一人で食べられますか?」

リンクの問いに対し、ユウは力なく首を振る。手が重く、動かない。
ユウの答えを受けてリンクが粥の入った器を持ち、粥をすくった匙をユウの口の前へ運ぶ。

「どうぞ」

少しだけ口を開けると、匙がユウの口に当てられ、粥が口内に流れ込んできた。どろどろに煮込まれた粥は料理長の手によって毎回違った味付けがなされているのだが、その味付けを楽しむ余裕もなく、なんとか粥を飲みこむ。

「…もういらない」
「まだ二口でしょう。もう少し食べてください」
「後で食べる」
「いいえ。今食べて下さい」
「……食べたくないんだよ」

死にたくはないと思っているが、その意思とは裏腹に、ユウの体は食べ物を拒むようになっていた。
リンクの言う通りまだ二口しか食べていないし、もっと食べなければいけないのはわかっている。それでも、こみ上げる吐き気が食べ物を胃に入れることを許してくれないのだ。

「必ず、後で食べるから、」
「前回の食事でもそう言われたのを覚えていますか?その後、貴方は一口も食べませんでした」
「………」
「食べなければ熱を下げる力も出ません。熱を下げる薬も飲めません」
「どうせ、飲んでも下がらない」

医者が処方した薬を飲み続けているにもかかわらず、熱は下がらず、吐き気も止まらない。それを指摘すると、リンクは少し言葉を詰まらせたが、再び匙で粥をすくった。

「それでも、何もしないよりはいいでしょう」

目の前に現れた匙に顔を顰めると、リンクが強い口調で食べるようにと言う。

「食べなさい」
「………」

意を決して口を開けると、舌にどろりとした感触が伝わる。無理矢理飲みこむと、再び匙がユウの口に付けられた。

「皆、貴方の回復を願っているんです」
「俺だって、何とかしたい、」
「そう思えません。ここ半月、貴方はご自分が目に見えて弱っているのを自覚していますか?最初は器一杯食べることができた粥も、今は匙二杯で食べられない。吐き気が辛いのはわかっています。飲みこむのが辛いのも知っています。それでも、食べていただかなければいけないんです」
「…リンク、」

リンクの強い意志の籠った瞳を見て、マリアンと話をした日の朝リンクと話をしたことを思い出す。

「……お前が死んだら俺が助かると言ったら?」
「それで、貴方が助かるのですか?」

突然のユウの言葉にリンクは二三度瞬きしたが、すぐに真剣な顔をしてユウに聞き返してきた。

「…言ってみただけだ」
「……もし、貴方がご自分の熱について何か知っているのなら、私に言ってください。必ず、貴方を助けます」

それから何度かユウが粥を飲みこむと、まだ器に粥が残ってはいたが、リンクは粥を片付ける為に部屋から出ていった。
あの時、ユウの為ならば命を投げ出す選択を取ったリンクに、今、死が垣間見えるような状況で尋ねたらどのような反応をするのか見てみようとしただけだったが、あの様子では本当に死んでしまいそうだ。そんなことはさせたくない。
熱の原因がマリアンにあると言ったら、リンクはどうするだろうか?きっと、まずはマリアンを探し出して意地でもユウの熱と吐き気を治させ、その後、ユウがリンクに言わずにマリアンと会ったことを叱るだろう。

「…あいつらしい」

自分の想像ではあるが、必ずそうなるのだろうとユウは笑ってしまった。









粥が半分残った器を料理長に渡し、ユウの部屋に戻る為に踵を返す。

「聞いたか、この頃街でよくない噂が流れているそうだ……」
「ああ、王女の病が治らないのは、国によくないことが起こるからだと…」

部屋に戻る途中で兵士たちがひそひそと話をしていることに気づき、兵士たちに近づいて声をかける。

「王女は必ず治ります」
「っ、と、失礼しました!」

リンクの方が兵士たちよりも若いのだが、兵士たちは王女の付き人であるリンクに対し物を言うことはできない。慌てて自分たちの失言を謝り、恐る恐るリンクにユウの状態を尋ねてきた。

「まだ熱は下がりません」
「…そうですか、」
「その、治る見込みはあるのでしょうか?い、いえ、治らないと言っているわけではなく……ただ、ここまで長く症状が続いているのは…」

不安げな顔をする兵士たちに眉を顰め、再び必ず治ると断言してその場を離れる。
不安なのは、リンクも一緒なのだ。朝起きてユウの部屋の扉に手をかける時、いつも手が震える。眠るユウが息をしていることに安堵し、ユウの目がしっかりと自分を見てくれることに喜ぶ。
何が原因の熱や吐き気なのか分からず、リンクはただ看病をするしかない。

(何か方法さえあれば…)

兵士たちの噂話を注意したが、街で流れているという噂が少々引っかかった。国によくないことが起こる。言いだしたのが誰かは知らないが、どれほどの国民がそのことを思っているのか……。少数ならばまだいいが、大多数の国民がそれを思い始めると、ユウの立場は不味いことになる。

「サーカス?」

どこからか聞こえてきた声にリンクは足を止めた。耳を澄ませると、窓の外から聞こえてくるようだった。窓から少し乗り出して下を見ると、厨房で働いている女たちが野菜を洗いながら話をしていた。

「なかなか有名なサーカスらしいわよ。街の外に建物を組み立てているんですって」
「聖女様が倒れている時だし、皆の気晴らしにはちょうどいいかもしれないわね」
「お休みを貰って、私も行ってみようと思ってるの」
「あら、じゃあ後でどうだったか教えてちょうだいよ。面白いなら私も行くから」

(サーカス…珍しい)

リンクが知っている限りでは、この国にサーカスが来たことはなかった。王が呼んだという話もないし、街の外に建物を立てているということは王の許可は取っていないのだろう。仮に許可を取りに来たのなら、リンクの耳にも入っているはずだ。
確かに、国民の気は紛れるだろうが、少し気になる。

(今この時期に……)

ユウが倒れている今、少しの変化も国には許されない。良い変化ならばいいが、悪い変化は……