翌日、ユウは王に国宝の隠し場所を吐いた男を自由にしたことを伝えた。
まだ夜が明けて間もない頃に国宝を手に部屋を訪れ、男を逃がしたというユウを見て王は呆然としていたが、ユウの暗い表情を見てか、何故男を逃がしてしまったのかとユウを責めることはしなかった。 「奴隷を所有するなんて慣れないことをして疲れただろう?暫くはゆっくりするといい」 「すみません」 王に優しく背を押され、王の部屋を後にする。 まだ召使達も全員が起きてはいない頃で、通路はとても静かだ。 ふと窓を見ると、暗い顔をした己の姿が映っていた。こんな顔で王に会いに行ったのかと苦々しく笑い、俯く。 妙な男だった。 聖“女”としてのユウを否定したというのに、男としてのユウを女の代わりに使い、ユウの心を掻き乱してくれた。楽しそうな顔をしてユウに苦渋を嘗めさせたと思えば、優しい顔でユウを労わる。どの言葉も、嘘か本当かわからない。 だが、あの男がいなくなった今、あの男の本心がどうであろうとこれだけは言える。 ユウは、自分を王女として扱わないあの男を好ましいと思っていた。城内で唯一、あの男だけがユウを王女ではなく一人の人間として見てくれていたのだ。あの男がユウの地位を利用していたのは事実だし、ユウのことを王女様と呼んではいたが、それでも、あの男の態度や表情を見ていればわかる。 「王女」 「…何だ」 部屋に入ろうとすると、隣の部屋の扉が開き、リンクが出てきた。 「お茶でもいかがですか」 「気分じゃない」 「準備はできています。私の部屋へ」 リンクとのティータイムは何かと説教に繋がるので好きではない。一言断りを入れて握りに手をかけたユウだったが、リンクがその手を掴み、強引に自分の部屋へと引っ張った。 「だから、気分じゃないと言ってるだろ!」 「いいえ、召し上がってもらいます。今、貴方の部屋に入るのは危険です」 声を落としたリンクがちら、とユウの部屋を見、ユウが何がと問う間もなくユウをすばやく部屋の中へ引き込む。鍵をかけると落ち着いたのか、リンクはさっと力強く握っていたユウの手を離し、ユウを椅子に座らせた。 「あの術師がいるのです」 「…マリアンか?何故?」 「あの男は、まだ貴方が奴隷を逃がしたと知りません。おそらく、貴方と奴隷の姿が見当たらない間に何か細工をと思っているのでしょう」 リンクの言葉を聞いてなるほど、と思ったが、それと同時にリンクに対して疑問が生じる。 「俺は、お前にも奴隷を逃がしたことを言っていない」 「ええ。言っていません」 「どうして知ってる」 「聞いていましたので」 「なっ、お前に聞こえるほどの声は出してないっ」 「不躾ですが…」 ユウが睨む中、リンクは机が面している壁にある不自然な戸を指差した。ティーカップが一つ入るかどうかという小さな戸だ。 リンクが己の口に人差し指を当ててユウに声を出さないよう注意し、その戸を開ける。中にはくぼみだけで何も入っていなかったが、今まで聞こえなかったマリアンの声がはっきりと聞こえた。 扉を閉じ、リンクが向かいの椅子に座ったのを見てユウはあの扉はなんなのかと尋ねた。扉を閉じた今、マリアンの声は全く聞こえない。 「今見て聞いたとおりです。あの戸を開けると、隣の、つまり王女の部屋の小さな音でも聞こえるようになります。ここまで鮮明に聞こえるとは思いませんでしたが」 「い、今まで全部聞いてたのか?!」 男との会話を全て聞かれていたのかとユウの顔が青くなる。だが、リンクは直ぐにユウの不安を打ち消した。 「普段は開けることはありません。貴方にも寛げる空間は必要ですからね。あの男が奴隷になってからも、心配ではありましたが貴方を信じて開けませんでした」 「…本当だろうな、」 「嘘を吐いてどうするのです?開けて毎日会話を聞いていれば、貴方があの夜男に握られた弱みが何なのかわかったでしょうね」 「………」 リンクが執拗に男に何をされたのかと聞いてきたことを思い出し、本当に普段は開けていないのだと知る。まあ、嘘を吐く男ではない。 「昨日、術師が訪れたときに初めて戸を開けました。術師が出て行ってから直ぐ、閉めようとは思ったのですが、あの術師と男の関係に興味があったのでそのままにさせてもらいました」 「寛げる空間とかいうのはどこへ行ったんだ?」 ユウが何の心配も無く好きなことをできる空間はリンクの興味一つで壊されてしまうのかと非難の目を向けると、リンクはユウの非難の目を物ともせず「貴方の安全が第一ですから」と言い訳した。 「貴方があの男と一緒に城から出て行くかと不安になりましたが、幸い、あの男がそれを防いでくれた」 「…俺は、城を出て行きたかった」 「知っています。男を引きとめようとする貴方の声が必死でしたから」 「……叱らないのか?」 リンクはユウが城内で男物の服を着るだけで怒る。だからこそ、ユウが城から出たいと望んでいることを知ったリンクがそれを叱らないのが意外だった。 「叱ったところで意味が無いでしょう。貴方は城から逃げ出せなかった。それで終わりです」 下手なことを言えば、ユウの中で外への憧れが強くなってしまうことを理解しているのだろう。男に連れて行ってもらえなかったことで落ち込んでいるユウを叱らず、むしろその落ち込みを引き伸ばすことで諦めの心を強くしようというのだ。 「嫌な奴」 「何とでも。貴方を危険から遠ざけるのが私の役目ですから。貴方は聖女として顔が知れています。一人で逃げ出しても直ぐに保護されて城に連れて行かれるでしょう。運がよければ、ですが。運が悪かったら、今度は貴方が奴隷として売られることになるかもしれない」 「極端すぎるだろ」 「そんなものですよ。城の外で貴方に近づく人間は。貴方はどこへ行こうが、聖女として見られるのですから」 「……今更、聖女を降りることはできないってことか」 「ええ」 断言されてしまい、ユウはがくりと肩を落とした。 「隣の様子を見てきます。貴方はここにいてください」 リンクが立ち上がり、部屋から出て行く。 「やっぱり、あいつは特別だったんだ。俺にとっても、」 リンクがユウの部屋の扉を開けると、マリアンは面倒だといわんばかりの舌打ちをしてリンクを見た。 「ここで何をしている」 「王女の世話係か。王女の側にいなくて良いのか?」 「質問に答えろ」 部屋には無数の蝙蝠のような何かが飛んでおり、何かを探しているように見える。 「少し調べ物をしていただけだ」 「王女の部屋は許されたものしか立ち入ることはできない決まりだ」 「おっと、それは失礼した。それなら仕方が無い。御暇するか」 「もし、王女の部屋に何かしていたら、」 大量の蝙蝠らしきものがマリアンの周りを飛んでいた黄色の物体に次々と食べられていき、最後にはその黄色い物体一つになる。 マリアンはその物体を帽子の上に乗せると、リンクを押しのけて部屋から出た。 何か細工をしたのではないかと疑うリンクに対し、マリアンはタバコを吸って悠々と答える。 「何かする意味も無い。ジョイドは城を出たようだからな」 「…知っていたなら何故この部屋を、」 「知っていたわけじゃねぇ。この部屋を調べてわかったんだ。色々と興味深い発見をさせてもらった」 「………」 リンクが警戒する中、クロスが客室へと足を進め、角を曲がってその姿が見えなくなる。 マリアンのいなくなったユウの部屋を隅から隅まで確認し、何も細工を施されていないことを確認すると、リンクは声を出してユウを呼んだ。呼びに行かなかったのは、どうせ、あの戸を開けて会話を聞いていると思ったからだ。 案の定ユウはリンクの呼び声が大声で無かったにもかかわらず自分の部屋に戻ってきた。 「興味深い発見って言ってた。何のことだ?」 「わかりません。ですが、本当に何の仕掛けもされていないようです」 「…マリアンは、あの男のことを何か知ってると思うか」 「少なくとも、貴方よりは知っているでしょう。…ですが王女、間違ってもマリアンにあの奴隷だった男のことを聞きに行こうとは思わないでください。貴方が奴隷から開放した時点で、貴方とあの男の繋がりは切れたのです。もう貴方には何の関係も無いことですから、余計なことをしないように」 「わかってる」 |