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「今から十年と少し前、砂漠に栄えた王国があった」
「その王国なら知ってる。長く栄えていた国だったのに原因不明の病のせいで滅んだ国だろ」

昔話と言うが、十年前の話ならユウだって幼いながらに覚えていることはある。
砂漠の王国と聞いて覚えていた知識を話すと、男がく、と笑って続きを話した。

「その王国には、ノアの一族ってのがいて、それが昔から王国を守ってたんだ」
「ノアの一族?」

国の存在は知っているが、ノアの一族と言う存在は聞いたことがない。首を傾げるユウを見て男が言葉を続ける。

「黒い髪に金色の瞳を持った王国民の呼び名だ。一年に一人生まれるかどうかの存在で、全員が変わった力を持ってた」

黒い髪に金色の瞳。変わった能力。目の前の男がそのノアの一族であることは、普段リンクに読解力がないと言われるユウでも容易に理解できる。

「ノアの一族は王族と協力関係にあって、ノアの一族がその特殊な力を国の為に使う代わりに、国は一族に居場所を提供してた」
「特別な力を提供する代わりに居場所だけか?釣り合わない気がする」

男の能力の他にどんな能力があるのかはわからないが、少なくとも凡人には不可能なことを軽くやってのける力があるはずだ。その力を国の為に使わせておきながら居場所だけとはいただけない。
ユウがむっとしてもっと褒美をやるべきだと言うと、男は首を横に振って「十分だったんだよ」と笑った。

「王女様、百人の人間の中に変わった人間が一人だけいたらどうなると思う?」
「どうって、」
「人間って異色なものを排除しようとするんだよ。差別ってやつ。この国には色々な人間がいるみたいだけど、砂漠の国は褐色の肌に白か金の髪、灰や蒼の目と決まってたから、ノアの一族には居場所がなかった」
「………」
「居場所ってのは、そこで生活できるって意味な。町の連中は食い物や衣類なんて買わせてくれなかったからさ、全部国からもらってたよ」
「…そんなの、」

国に飼われているようだ。男のプライドを傷つけてしまいそうで言葉にすることはできなかったが、ユウはノアの一族の生活を聞いてそんなことを思った。
食べ物や衣類を自由に買うことができず、媚びることでやっとそれらを与えられるだけの生活。楽なようで、人の生活とは少しずれた生活だ。

「まあ、もうわかってるだろうけど、俺はそのノアの一族の一人だったわけだ。俺はこの何でも通り抜けられて、好きなものを掴める能力を買われて、他国の偵察なんかをさせられることが多かった。一族の中で一番、国から出る機会が多かったんじゃねぇかな」
「…偵察って、何を?」
「主に各国の戦力。俺はただ情報を提供するだけでそっから先のことはわかんねぇけど、隙を見て他の国を攻める気だったんだろ」
「………」
「この国にも来たことがあった。十二、三年前かな。まだガキだった俺に初めて与えられた仕事で、この国の自給量、他国への依存度合を調べて来いって言われてた。最初は国から出たことねぇし、まあ不安でさ、さっさと帰ろうって思ってたよ。けど、」

当時のことを思い出したのか、男の目がふ、と細められる。

「…けど?」
「この国で、初めて王族じゃない奴から金出して物を買った。誰に話しかけても嫌な顔なんてされねぇし、ガキが一人旅してるって聞いて色々サービスしてもらったよ。正直、あの時は嬉しくて泣きそうだったな」

任務できたのに、と苦笑する男に対し、ユウは自分の知らない過去の国のことが聞けて嬉しかった。十二、三年前と言えば、ユウはまだ喋ることができるようになってから幾らも経っておらず、官吏たちに不満もなく大切に育てられていた時期だ。
過去の国の人間の善意が、不幸だった少年の心にほんの少しでも安らぎを与えられていたと言うのは、とても素晴らしいことではないか。

「いい国だよ、ここは。色んな色の人間が集まってるからかもしれねぇけど、俺が任務で訪れた国の中でこの国の人間が一番、親切だった」

どう返答したらいいのかわからず戸惑っていると、男がにこっと笑ってユウの頭を撫でた。そして、撫で終えると咳払いをして口を開く。

「話がずれたな。まあ、そうやって俺は砂漠の国に貢献してた。…で、十年前のことだ。一族の中に、人の脳をのぞける…つーか、人の考えてることが分かる奴がいてそいつが、よくないことを言い当てた」
「何?」
「国の軍のトップ。王が一番面倒見て、信頼して傍に置いていた奴だけど、そいつが王を殺す計画を立ててることを言い当てた」
「…それが、国の滅んだ原因か?」
「ま、そうなる。王は俺の仲間の言うことを信用しなくてさぁ。いくら国に貢献してようが、あの国の連中から信頼してもらえるなんて、思ってなかったけど」

そう言う男の顔が曇る。折角危機を言い当てたのに、王は信用してくれなかった。男の調査してきたことも、話し半分で報告を受けていたとその時に知ったのだろう。

「国のトップは替わったけど、俺たちの扱いは変わらなかった。新しく王になった奴は俺たちのことを“神の使い”とか“国の守り神”だとか言って国の奴らに崇めるよう言ってたけど、今更態度を変える奴らじゃねぇし、“神の使い”に食べさせるような良いもんはないとか、そんな理由で相変わらず差別はされた」
「…それ、」
「気づいたか?言葉は違うけど、聖女と一緒だよ。俺たちは何かあった時に責任を押し付けられる立場にされた」

以前、やけに男がユウに聖女をやめるよう言ってきた理由がわかった気がした。そして、男が逃げている理由も。

「クーデターから半年、国はやっと落ち着き始めて、新王が食料の輸入先を変えた。クーデターは国の終わりの始まりで、ほんとの崩壊はこれからだ。新しい輸入先から輸入した食い物の中に害虫が混じってて、それが国の食料を食い荒らして、病気のもとを外から運んできた」
「…原因不明の病のことか?」
「そう。王女様がさっき言ったそれだ。王が輸入先を変えた所為だってのは明らかだったが、王は謝罪しないで黙ってた。そんな時に、俺たちを神に返せば鎮まるんじゃないかって声があがり始めた。俺らが呪いをかけたんじゃないかっていう奴もいたな。どういうわけか、俺らはその病にかからなかったから。疑うのも仕方がないのかもしれねぇけど」
「神に返すって、殺すってことだろ…」
「国に貢献してきたけど、流石に命まで取られたくはない。殺そうとしてきた奴らには命を奪いこそしなかったけど、それなりに苦しんでもらった。原因は王の政策の所為だと何度も言ったよ。それでも、俺たちを殺そうとする勢いは増すばかりでさ、」

一度火がつくと簡単には止められない。間に立つ存在がなかったのならば猶更だろう。

「国には病が蔓延してて、病にかかってない奴らは俺らを殺そうとして返り討ちにあって、弱ったところで病にかかった。そしたら、やっぱり俺たちが呪いをかけたんだって思う奴がでてくるだろ?で、俺たちを殺そうとする。そうやって、国の人口はどんどん減っていった」
「…王は何をしてたんだ」
「いなくなってた。混乱の途中で、王も病にかかって死んだ」

何もかもめちゃくちゃだ。統率を取ることができる者がいない国は、もはや国として成り立たない。

「あの赤毛の術師が国を訪れたのは、一番国内が混乱してる時だった」
「そんな混乱を、人間一人で納められるはずがない」
「納めたんじゃねぇ。あいつは、ノアの一族と国民の争いを、さらに激化させた。国民の持ってる武器に呪術を纏わせて、俺らを殺せる武器を作り上げた。ノアの一族は皆、俺ほどじゃないにしろ普通の武器が効きにくい体だったからな」

術師が細工を施したと言う牢からこの男は出ることができなかった。それを思い出し、ユウは眉を顰めた。仕組みはわからないが、牢に施した細工と同じものを武器に施せば、この男でも通り抜けることができない武器ができるのだろう。

「一見普通の武器だから油断して、仲間はどんどん殺された。俺らは絶対に殺すことはしなかったのにさ」
「国を出ようと思わなかったのか?」
「殺されるまでは思ってなかった。一応砂漠の国の民だし、一緒に危機を乗り越えることができたらっていうのが俺らのリーダーの意見だったからな。ああ、一応ノアの一族内でも上下関係があってさ、リーダーの意見は絶対だったんだ」
「…けど、逃げ出したんだろ」

そうでなかったら、今この男はこの場にいないはずだ。そのことを指摘すると、男は頷いて自分の掌を見た。焼け爛れは治まっていたが赤い十字の傷が深々と男の手を抉っている。

「仲間の数がかなり減った時、俺はあの術師と対峙した。卑怯なんだよなぁ、あの男。国の人間を周りに従えて壁にしてる所為でろくに攻撃できねぇの。そのくせ、その壁は俺に攻撃してくるし」
「じゃあ、民を盾に取られたから負けたのか?」
「いや、実力は本物だった。壁がなくても、俺は勝てなかったよ。その時は仲間に助けられて命からがら逃れられたけど、俺の穴のあいた両手を見て、リーダーがこの国にはもう価値はない。この国を捨てようと決断した。俺が一番、仲間の中で力があったからな。俺が勝てないとわかって、漸く逃げようと思ったんだろ」
「…結局、何人逃げることができたんだ?」
「五人。まあ、元が十三人くらいしかいなかったんだけどな」

半分以下の人数しか逃げることができなかったと知り、ユウの胸が痛む。もっと早くに逃げる決断を下していれば、全員が無事に逃げることができただろうに、リーダーの意見に従ったばかりにそれが叶わなかったのだ。

「けど、そこからが本当の地獄の始まりだ。俺たちがいなくなった砂漠の国で、あの男は国の人間に呪術をかけて無理矢理命を繋ぎ止めて、『ノアの一族を殺さない限り病はお前たちの体をむしばみ続ける』と教え込んだ。俺たちを悪魔の化身と教え込んで、半分死にかけているそいつらをエクソシストと位置付けて、俺たちを殺すことが病からの解放、国の復興、良いこと全てにつながると説いた。エクソシストになった奴らは皆、俺らの顔を知ってたからな、他の国の人間として紛れようとしても、紛れきれない。傷を負わせても、どういうわけかすぐに治っちまう。それで、俺らは常に一か所に留まらないで逃げ回らねぇといけなくなったってわけだ」
「仲間はどうしたんだ?」
「さあ?最初は一緒に逃げてたけど、流石に黒髪ばかり集まってちゃ目立つからな。八年くらい前にバラバラになって逃げて、それっきりだ。もう殺されてるかもしれねぇし、生きてるかもしれねぇ。正直、わかんねぇな」
「……お前は、あの術師と、エクソシストとなった砂漠の民から逃げていたのか」
「そういうこと。あの男はともかく、エクソシストはここには来られないだろ。どっちとも遭いたくないけど、どっちかっつーと男の方がマシだからな」

同志討ちをしない分。
そうさらりと言ってのける男を見てユウは瞬きをし、そっと目を伏せた。
殺めていないとしても、男の手は大勢の人の血に塗れている。だが、それ以上に男の心は苦しみと悲しみに満ちているのだ。