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「王女、またそんな恰好で稽古をして、はしたない」
「………」

城の中庭で、上半身裸という無防備な格好をした少年が木の棒を使って素振りをしていた。年は十五かそこらだろうか?
庭を囲む回廊に立っている官吏から王女と言われた彼は、官吏の言うことなど聞こえないかのようにちらりとも官吏の方を見ず黙々と素振りを続けている。

「そろそろ隣国の大使がここを通ります。部屋にお戻りください。王女の顔を見て良い者ではありませんので」
「だったら相手に道を変えさせろ。鍛錬の途中だ」
「……はぁ」

もっと王女としての自覚を持て。官吏の溜息がそう言っているようだ。
それに気付いた少年は素振りを止め、キッと官吏を睨みつけた。しかし、官吏は怯むことなく少年の睨みを受け止め、口を開く。

「貴方が王女という立場に困惑しているのはわかりますが、本来ならば素振り…貴方の言う鍛錬という行為も禁止されています。今日は午前から刺繍の先生が来ていたというのに、逃げましたね」
「刺繍なんてものに興味はない。俺は戦場に行きたい」
「戦場へ行って手柄を立てるのは王子の役目。貴方は王女です」
「俺は王子だ!」

少年が叫び、悔しそうに唇を噛む。
裸の上半身は平らで、年を考えればまだ膨らんでいないのではとも思うが、恥ずかしがっていないところを見れば女でないことはわかる。彼の父親はこの国の王と呼ばれる人間で、母親は妃。本来ならば彼は王子に当たるはずなのだが、公式の場で彼が身に纏うのは妃と同じ女物の公式衣装にティアラ。
彼は、この城では王女という扱いを受けているのだ。

「とにかく、その棒をお渡しください、王女。それから、そのズボンも、どこで手に入れたのか知りませんが部屋に着いたら没収させていただきます」
「っ、」
「体を鍛える必要はありません。貴方の役目は夫となる者が現れるまで祭壇で祈ることですから」

官吏が近づき、動かない少年から棒を奪う。そして、回廊の窓にかかっていた衣装を取ると、少年の体にかけ、ふ、と表情を崩した。
きびきびとした口調に、ピンと伸びた背筋から、もう成人している印象のある官吏だが、少年と並んだ身長はほぼ一緒で、表情を崩せば少年とそう年が変わらないだろうことが分かる。

「戻りますよ、王女」

表情を崩したのは一瞬で、官吏はすぐに少年の手を掴んで歩き出した。少年は不服そうだったが、官吏が素振りに使っていた棒を持っており、あれが手元にない以上庭に突っ立っていても意味はない。

「そう言えば、隣国で捕まえていた賊が逃げ出したそうです。なんでも、決して逃げられるはずのない牢獄から逃げ出したとか。鍵はかかっているし、窓の鉄格子も外れていない。妖術を使ったのではないかと言われています」
「それがどうした」
「その賊が、もしかしたらこの国に侵入しているかもしれないと、隣国の大使の護衛の者から聞きました」
「へぇ、じゃあ、それを捕まえたら大手柄だな」
「そこは貴方には関係のないことです。私が言いたいのは、脱出不可能な牢獄から逃げだせたのなら、どこへでも侵入できるということ。この城は不法で侵入できない城と言われていますが、もしかしたらここにも入り込むかもしれない。 いえ、もう侵入しているかもしれない」

回廊を離れ、人気のない通路に入ったところで官吏が足を止め、振り返って訝しがっている少年をまっすぐ見る。

「この、ハワード・リンクの前から勝手にいなくならないでください」
「は?」
「どれだけ探したと思っているんですか!大人しく刺繍の授業を受けていると思っていたのに部屋にいたのは慌てたロットー師だけ!聞いてみれば最初から授業に来ていない!やっと見つけたと思えばあんな人目に付くところで衣装を脱いで……少しは世話係である私の身になってください、王女」
「俺がいなくなるのはいつものことだろうが」
「賊が国に侵入したかもしれないと聞けば最悪の状況だって考えるでしょう?!」

食って掛かる官吏に対し、少年は大したことがないように軽く受け流す。

「お前、心配性すぎるぞ。この国に侵入してたとしても、この城は周りを堀に囲まれているし、唯一の入り口には常に兵士が立っているし、夜間は跳ね橋が上がってる。 どうやって侵入するんだ?」
「ですから、逃げられない場所でも逃げられるということは、」
「むしろ、侵入していたら俺が捕まえてやる」

何もわかっていないと呆れたように頭を抱えられたが、少年は特に気にしていなかった。
以前、顔を隠して王の主催した武術大会に出た時、かなりいいところまでいった。少年が華奢で、相手が舐めてかかったというのは承知しているが、それも武器の一つだと開き直っている。 油断する方が悪いのだ。
賊だろうが同じだ。もし目の前に現れたら、必ず少年を見て舐めてかかるだろう。そこを一気に捕まえてやる。









「ん……ん、」

夜、少年、ユウは自分のベッドで布団を被り、寝衣を開けさせて自身を慰めていた。片手でまだ幼い性器を弄り、すぐ隣の部屋には官吏が寝ている為、もう片方の手で口を押さえる。
王女と言われていたって、体は性に敏感な年頃の少年の体。自慰くらいしたくなる。

何時自慰を覚えたのかはもう忘れてしまったが、周りが王女、王女と言う度に不安に襲われ、体を慰めていた。 そして、絶頂して竿の先から白濁が毀れて手を汚すのを見て、自分は男なのだと安心するのだ。

「ぅ……」

そろそろイきそうだ。イこうと自身を扱く手を速めた時だった。
いきなりひんやりとした空気がユウを襲い、月明かりがベッドを照らした。

「リンク、てめっ、……っ?!」

「へぇー、王女様、って聞いてたんだけどなぁ?」

男か、と、ユウの股間を見て侵入者が嗤う。
以前、世話係のリンクに自慰を見られたことがあったので、またかと思って怒鳴ろうとしたのだが、侵入者の姿を見て何も言えなくなった。
侵入者は布で顔を多い、ところどころ破れ血に汚れた服を着た男だった。布の隙間から見える金色の瞳が月の光を受けて輝いている。
男が、昼間、リンクに言われた賊であると気付くまで、そう時間はかからなかった。こんな怪しい格好をしている男、そうだとしか思えない。

見たところ武器を持っていない男が何の理由で自分の部屋に侵入し、姿を晒したのかわからなかったが、とりあえずこの場を何とかしなければ。 昼間の棒はリンクに回収されてしまったが、ベッドの下に秘密で購入した剣がある。それさえ取れれば何とかなる。

「お、」

枕を投げつけ、男がきょとんとしている隙に男が立っている反対側のベッド脇に降り、ベッド下の剣を握り、引っ張り出す。

「そんなの持ってんのか。物騒な王女様だな」
「五月蠅い」

「王女、何かありましたか」

異変に気付き、扉の向こうからリンクが声をかけてきた。

「賊が出た。兵士を呼んで来い」
「王女!」
「さっさとしろ!」

ユウが叫ぶのとほぼ同時に、ガラスが割れる音がして扉が蹴り開けられ、ナイフを複数構えたリンクが入ってきた。リンクの後ろに見える窓ガラスが割れている。

「音に気付いた衛兵が飛んでくるでしょう。王女、こちらへ」

剣を構えたまま扉へ向けて足をずらすと、男が面白そうに笑った後、一歩、ユウに向かって足を踏み出した。

「動くな!動いたら殺す」

リンクが男の動きを牽制するが、男はまっすぐユウを見たまま目を細めるだけだ。そして、

「止めてみろよ。強がりじゃないなら」

ベッドを乗り越えユウの前に立ち、ユウの構える剣の先端に触れた。

「どっちも、人を殺す勇気なんて、ないくせに」

男の声を否定するようにリンクがナイフを投げ、ユウが剣を握る手に力を込め、前に出す。

だが、

「馬鹿なっ、」

リンクの投げたナイフは男を通り抜けて壁に刺さり、ユウの剣は男の肺のあたりをすっと貫いた。

「ひ、」

握っている剣の先は確かに男を貫いているはずなのに、男は何の反応も示さない。それどころか、剣を気にする様子もなく一歩前に踏み出し、ユウを抱きしめた。