散々笑った少年はティキが嫌な顔をしていることに気付くと肩を竦めて笑うのをやめ、ティキに向かって手を差し出してきた。
「僕はアルマ。ユウの記憶の中に住む悪魔だ。僕と手を組もうよ」 「…何?」 「僕は貴方の知りたいことを知ってる」 「…王子を元に戻せるってことか?」 「貴方次第かな。貴方が頑張ってくれれば、ユウは本来の自分を取り戻せる」 そうすれば、自由の身になれるのでは?そう言われ、ティキの心がぐらりと揺れる。だが、アルマの手を取りそうになったところでハッとして手を下げた。 「契約は御免だ」 「契約じゃないよ。協力してほしいだけ。悪魔って、一度に契約できるのは一人だけなんだよね。貴方と契約したら、貴方が死なない限り他の人と契約できないからさぁ」 不便でしょ?と言いつつ、再びアルマがティキに向かって手をぐっと差し出す。 「僕はユウと契約したい。貴方はユウから解放されたい。ユウが自分を取り戻せば、どっちも叶えられる。悪くないだろ?」 「……デメリットは?」 メリットだけ聞けば悪くないと思うが、それだけで終わるわけがない。ティキが尋ねると、アルマはにこっと笑い、だが、すぐにその笑みを悪戯を企む子供のような表情に変えた。 「デメリットは勿論あるけど、聞かなきゃ怖くてできない?意気地無しなのかなぁ?」 「っ……わかった。手を組んでやる」 実際は何歳かは分からないが、子供の姿で馬鹿にするような口調で言われては、それが挑発だとわかっていてもやるしかない。 ぐっと力強くアルマの手を握ると、アルマは「そうでなくちゃ」と笑ってティキの手を握り返してきた。途端に、ピリッとティキの腕に痺れるような感覚が走る。 「っ?!」 「大丈夫。貴方の力を、この記憶の中でも使えるようにしただけ。ちょっと弄ったけど。ついてきてほしいところがあるんだ」 驚いてアルマの手を振り払ったが、アルマは何でもないような顔をしてティキに背を向けて歩き出した。迷ったが、手を組んだ以上仕方がないと、まだ痺れる手を数回振ってアルマの後を追う。 記憶の中を歩く、と言うのは、不思議な感覚だった。アルマが城のどこかの扉を開ける度に様々な年齢の王子がアルマに話しかけ、アルマはそれぞれの王子と楽しそうに会話をしながら次の扉を開けていった。 「妙な世界だな」 「人間の中だもん、当たり前。だから、僕たちだって惹かれて契約するんだ」 「…ふーん」 城の中心らしき扉の前に来たところでアルマはやっと立ち止まり、振り返ってティキを見た。 「この扉の向こうに行ってほしいんだけど」 「お前は?」 アルマは来ないのかと尋ねると、アルマは残念そうに首を振り「入れない」と言った。 「僕が住める記憶はここまで。ここから先は、僕じゃない悪魔の場所なんだよね」 「……俺は何をすればいい?」 王子をあのような状態にした悪魔の場所と聞き、背中を嫌な汗が伝う。それを隠しつつアルマに尋ねたのだが、アルマにはティキが少しだけ恐れていることが分かったのか、「大丈夫」とティキの肩を叩いた。 「ユウの中にいる悪魔は僕だけ。僕じゃない悪魔の場所って言うのは、ユウがあんなになっちゃってからの記憶って意味。記憶の渡り方は、何となくわかったでしょ?ただ、扉を開ければいい。この中のどこかにいるユウを探して、僕の前に連れて来て」 「わかった」 悪魔と鉢合わせすることはないのかとほっとし、豪華な作りの取っ手に手をかける。 扉を少しだけあけると、中からは甘い香りが漂い、ティキの鼻を掠めた。 「狂ってない王子を連れてくりゃいいんだな?」 「そう。どこかの部屋に閉じ込められているはずだから。ユウと会えば、僕も現在の記憶に混じることができる。そうすれば、ユウと契約できる」 「小難しい話しはどうでもいい。俺は、俺が自由になれるってだけで十分だ」 狂った後の王子の記憶と言うことで想像はしていたが、扉を開けるたびにティキの目に飛び込んできたのは見たくもない光景だった。今現在ティキが拘束されているベッドには様々な男が拘束され、王子に良いようにされていた。 「…ったく、どこだよ……」 これ以上見たくないと、狂っていない王子を探そうとするが、探していくうちに本当に正気の王子はいないのではないかと思うようになってくる。 大体、アルマが記憶の中でも能力を使えるようにしたと言っていたが、使えないではないか。ティキが触れられるのは記憶を遮る扉だけで、その中にある装飾品には触れられない。選択して意図的に触れようとしたが駄目だった。 やはり、振り払った所為で力が伝わっていなかったのかと溜息を吐いたところで、ティキの背中に何かが触れた。 「っ?!」 驚いて振り返ると、そこにあるのは一糸纏わぬ王子の背中だった。目をやったベッドには満足したような顔の男がおり、行為が終わったらしい。 「何だ?」 突然壁ではない何かに触れたことで訝しがった王子がティキに向かって手を伸ばす。慌てて拒絶をすると、王子の手はティキの体をすり抜けた。 「……気の所為か」 「こういうことか」 装飾品には触れられないが、記憶本体には触れられる。試しに意識せず王子の体に触れようとしたが、ティキの手には何も感覚がなかった。意識しなければ触れられないらしい。 本来ならば記憶に触れるなどと言う能力ではないのだが、アルマはちょっと弄ったと言っていた。恐らく、ティキの選択の能力で記憶にも触れられるようにしたのだろう。 だが、力の使い方が分かったところで、王子らしき姿はない。一体どうしたものかと王子の姿を見ていると、一瞬だけ王子の姿がぶれ、ぶれによって生じた何かが床へと落ちた。 「今のは……?」 王子の足元まで言って床を調べてみるが何もない。だが、見間違いだと結論付けるには……。 「…これが表なら、裏がある。裏は表がなくちゃいけない」 床に落ちたのではない。 王子の足元にある影に手を当てると、ズブッと手が沈んだ。 「扉はここだ」 影の中へ落ち、辿り着いた先にあったのは真っ白な空間だった。先程までの豪華な装飾がなされた部屋を考えると酷く不自然に感じられる。 「どうやってここへ?」 背後から聞こえた声に振り向くと、そこには王子の姿があった。長い髪を背に流し、簡素な着物を着ている。 「俺が見えるのか?」 「見えているから、話しかけているんだろ。…ティキ・ミックだったな?」 「ああ。俺の名前覚えてんだな。いつもお前としか呼ばねぇのに」 「あっちは忘れてしまったみたいだな。……申し訳のないことをしていると思う。すまない」 王子が深々と頭を下げるのを見、少し気分が軽くなったのをティキは感じた。あれだけ良いようにされている恨みは完全に消えてはいないが、この王子ならば自分を解放してくれると知って安心したのだ。 「アルマってやつから頼まれてんだ。アンタを連れてくるようにって」 「…アルマが?」 「アイツは今のアンタに干渉出来ねぇから、俺に頼んだらしい。よくわかんねぇけど」 「アルマは、王が俺を蘇らせる際に悪魔によって俺が死ぬ前の記憶の中へ封じられた。お前が今の俺に干渉出来るのは、一番新しい記憶にお前がいるからだろう」 「へぇ……ま、んなことどうでもいいんだ。俺はアンタをあいつのとこへ連れて行って、自由になりたいだけなんでね」 王子の手を掴み、終わりのない空間の先へ向かって歩く。王子は特に嫌がることもなくティキに引っ張られ、苦笑いした。 「まさか、お前に助けられるとは思わなかった」 「アンタを助けようなんて思っちゃいない。ただ、俺が自由になる為に、アンタが必要なだけだ」 「…約束しよう。ここから出られたのなら、すぐにお前を解放する」 「そうしてくれ」 真っ白だった空間がサァッ…と黒くなり、目の前に大きな扉が現れた。アルマと別れる直前にあった扉だ。 ティキが扉を開けると、そこはティキがよく知る王子の寝室だった。窓枠に座っていたアルマが二人に気付き、嬉しそうに駆け寄る。 「ユウ!」 「…アルマ」 王子に触れた途端アルマの体は青年の体へと成長し、幼少の姿とは違い悪魔と呼ぶにふさわしい体つきへ変化した。 己の体の変化を確認し、満足げに笑ったアルマがティキを見て口を開く。 「貴方には感謝しなくちゃ」 「感謝しなくていいから、自由にしてくれ」 「勿論。ね、ユウ」 「ああ」 「後のことは僕達に任せて、貴方は目を覚ましたほうがいい。仲間が、心配してるみたいだよ」 |