「鎮静作用ねぇ……」
自室にティキとワイズリーを残し城の厨房へやってきた王女、元い王子ユウは、コムイから貰った鎮静作用のあると言う茶葉をティーポットに入れ、つまらなそうな息を吐いた。 湯が沸くのを待っている間に大きなテーブルの上に乗っている皿からクッキーを一枚取り、咀嚼する。茶請けの菓子にどうかと思ったのだ。 「……不味」 甘すぎたそれを流しに吐き出し、ユウは遠慮なく嗽をしてその水を勢いよくクッキーの残骸に吐き出した。元々ユウは甘いものが好きではなく、城の料理人達もそれを承知して常に苦味のあるクッキーを作っているはずなのだが、今回のものはユウの甘いモノ嫌いを考慮しなかったらしい。ユウが勝手に厨房に入ることはよくあるのだが……。 まあ、自分はともかく部屋に置いてきた男二人は食べるだろうと棚から布巾を取り出し、適当な数を包む。奴隷としている男の方はわからないが、ターバン男は甘いものを好んでいそうだ。 「そういや、あの男何て名前だったか……」 処刑の日に名前を聞いたはずだったが、忘れてしまった。お前、とばかり呼んでいた所為だ。 しかし、まさか仲間が助けに来るとは。助けに来た男はユウを見て逃げ腰になっていたが、それでも、仲間が助けに来たという事実にユウは驚いていた。 彼らの天敵である物質だらけの国に侵入する馬鹿がいるとは思っていなかったのだ。もうあの男は見捨てられたものだと決めつけていた。 「逃がすか…それとも、」 ターバン男の処分に困り、頭を悩ませる。逃がし、二度と来ないのならばそれでいいが、一族を連れてこられては困る。奴隷の男には勝ったが、彼らの頭に勝てる自信はない。 だが、逃がさなければそれはそれでまた誰か様子を見に来そうなので、どうしたら良いのか対応に頭を悩ませる。 と、ここで湯が沸いたのでポットに注ぎ、三人分のティーカップを持って厨房を出た。途中、数名の兵士とすれ違い、頭を下げられたが、ユウは見向きもせず己の部屋へ向かった。 「待たせたな」 部屋に戻ると、奴隷の男は相変わらずベッドに腰をかけ、ターバンの男はいじけた様に部屋の隅に座っていた。テーブルにティーセットを置き、ターバンの男にこっちへ来るよう言う。 「隅は日当たりが悪い。こっちに来い」 「いや、ワタシは…」 「あれは無理矢理言うことを聞かせた方がいいか?」 ユウが渋るターバンの男を無視して奴隷の男に尋ねると、ターバンの男は焦ったようにユウの傍へ駆け寄った。 「来るならすぐ来い」 「……すまん」 カップに茶を注ぎ、ひとつはターバンの男の前に、もうひとつを奴隷の男に差し出す。 「鎮静作用のある茶だそうだ」 「鎮静?毒の間違いじゃねぇの?」 男が口元を歪めつつ言うので、ユウは眉間に皺を作ってターバンの男を見た。 「お前とりあえず飲め」 「のっ、」 「コイツは俺をちっとも信用しない」 仲間が飲んで何ともなければ男も飲むだろうという軽い考えでターバンの男に飲むように勧める。 ターバンの男はまるで死刑宣告を受けたかのような表情をした後、じっとユウの顔を見、そして、ティーカップを持った。 「おい、止めとけ」 奴隷の男が声をかけるが、ターバンの男は覚悟を決めた様に一気にカップを傾けた。 暫くの沈黙の後、ターバンの男が口を開く。 「…唯の茶だ。落ち着く」 「………ハァ、」 唯の茶と言う答えに奴隷の男が安堵の息を漏らし、前髪をぐしゃりと握る。本当に、ユウが毒を入れたのだと思っていたのかもしれない。 「心配させんな、」 「鎮静作用のある茶だと言っただろ」 「ったく……」 心配する必要のないものだとユウが言っても、奴隷の男はユウの方を見ることなく一人声を零し、仲間が毒見した茶を飲んだ。 「気に入らない。どうして俺が毒を盛らなければいけない?」 毒を盛ったところでユウには何の得もない。それなのに疑われたと憤っていると、奴隷の男を庇うようにターバンの男が口を開いた。 「わ、ワタシのことを心配してくれたのだ。一応、こやつを助けに来た立場なわけで……」 「ああ、そう言うことか」 ターバンの男の言い訳に頷き、奴隷の男を見る。ユウにとって、ターバンの男は奴隷の男を助けに来た厄介な存在であり、殺される確率が高いと思ったのだろう。なかなか仲間思いではないか。 「安心しろ。俺はこの男を殺すつもりはない。逃がすつもりも、今のところはないが」 「え、」 奴隷の男を安心させてやろうと言った言葉に、ターバンの男が反応する。 「帰りたいのだが、」 「まあ、少し待て。今考えてるんだ。お前を逃がして仲間を連れて戻ってこられるのと、お前を逃がさないまま、向こうから新たな迎えが来るのを待つのとでは、どっちがマシなのか」 「いや、ワタシは逃がしてもらえれば戻ってくるつもりはないぞ」 「俺が逃がさねぇ」 「仲間じゃろうが!」 「それに、お前がいた方がコイツの機嫌がいい」 ターバンの男がやって来てから、男の雰囲気が少し変わった。頼りない仲間だが、逆に、その頼りない仲間を守ってやろうと生きる気になったらしい。 「抱かれがいもある。そうだ、お前を人質にとればコイツは俺のナカでイくか?」 我ながらいい案だと笑うユウに対し、奴隷の男は苦い顔をしてターバンの男を見る。 「それは、こいつの前でヤるってことか?こいつの首元に剣でも当てて?」 「まあ、そう言うことだ」 「冗談じゃねぇ。男にいいようにされてるとこ仲間に見られて出来るか!…つか、もう勃たねぇよ」 もう射精するしないの問題ではないと言いだす男に、ユウはきょとんとして口を開く。 「勃たない?」 「男なんだろ、アンタ」 「ああ。男だが」 「生憎、男相手におっ勃たせるようなモノ持ってないんでね」 「………」 「何だよ、意外ってわけじゃねぇだろ?ヤってる時は必ず俺に目隠ししてたんだから」 男と知られては不都合だから目隠しをしていたのだろうと指摘され、ユウはその通りだったので否定することなく頷いた。だが、男が慣れてきたらそのうち目隠しは外すつもりだったので、些細なことだと思っていた。 「…そんなことを言われたのは初めてだ」 少なくとも、今まで奴隷にしてきた男は、ユウが男だと知ってもそんなことを言わなかった。 「お前のは挿れていて気持ちが良い。勃たないと困る」 「んなこと言われても、無理だな。だから、もうアンタにとって俺は価値がない。逃がすなり殺すなり、こいつと交換するなりしろ」 「こら!」 こいつと指をさされ、ターバンの男が再び慌てる。 だが、ユウの希望はあくまで奴隷の男にユウのナカで射精させることであり、それ以外のことは望んでいない。 「俺は、どうしたらいい?」 どうしたらいいのか名案が浮かばない。途方に暮れて奴隷の男に尋ねた瞬間、ユウの足元にターバンの男の額にある紋様と同じものが浮かび、ユウはがくんとその場に崩れた。 「出来たじゃねぇか。役立たず」 「ウルサイ。ふぃー…これは、結構疲れるのう…」 頬を伝う汗を拭い、ターバンの男、ワイズリーが苦笑いをする。ユウがティキに言われた言葉で大きく動揺した為、まだ邪魔な力はあるが、無理矢理頭を覗ける隙ができたのだ。 「まさか、あんなものでここまで隙が出来るほど動揺するとは思わなかったが……」 「さっき言ってた邪魔ってのはどうなったんだ?」 「消えてはおらん。油断したらはじき出されてしまう。さて、完全に抵抗される前に、王子と悪魔の鎖、見せてもらうとしよう。…お主も見るか?」 にこ、と笑うワイズリーには、明らかに余裕がない。ティキにもその映像を見せると言うことは、それだけ力を使うと言うことだが……。 「ああ」 小さく頷いた直後、ティキの視界は真っ暗になった。 |