今にも吐きそうな口を手で押さえ、ティキはキッと男を睨みつけた。
助けになりに来たと言っていたが、男が調べたことはティキにとって何の助けにもならない。それどころか、女ではなく男、さらには一度死んだ人間の体内に自身を挿入しているというとてつもなく不快な事実を知ってしまい、あの王子との付き合いがこれまで以上に不安になった。 「お前もう帰れよ。使えねぇ」 「なっ!折角このワイズリーが来てやったと言うのに、何つーこと言うんじゃ!」 「帰って甘党連れて来い。そうすりゃ鎖ぐらい引き千切れるだろ」 「まあ冷静になれ。美しいとはいえ男に良いようにされておったお前の心中は察したくもないが、千年公に頼まれた手前、意地でもワタシの力でお主を助けてやる」 「お前は少しは俺の心中察して慌てろ」 自らをワイズリーと名乗った男は、ティキが仲間のもとへ戻ってこの状況を最も打開できそうな男を連れてくるよう要求しても聞く耳を持たない。 普段は浮浪者に紛れ、盗賊団の中では珍しく誰を襲うわけでも何かを盗るわけでもなくのらりくらりとしている男だが、千年公の頼みに関しては無駄にやる気を出す。先程ぶつぶつと文句を言っていたが、何だかんだで盗賊団の中では異色の存在である自分を頼ってくれているのが嬉しいのだろう。 ただ、そのやる気が、「誰の力も借りず、自らの力だけでなんとかする」という類のものなので困る。 「取り合えず続きを聞け。お前の鎖を千切るのは無理じゃが、あっちの鎖を千切る作戦を考えた」 「あっち?」 「王子の方じゃ。悪魔の契約云々はまだ詳しく調べていないが、あの王子、狂う前はなかなか賢い子供だったらしい。そこに、お前が解放される糸口があるのではないかと考えた」 「王子を説得するってか?無理だろ。ありゃもう化け物だ」 「狂う前の記憶を呼びだす。性格がガラリと変わっていたとしても、使われている体、脳は同じじゃ。少しは記憶が残っているはず」 「…もう俺には何が何だかさっぱりだ。勝手にやれ。俺は俺で考える」 頭の回転が速い人間の言うことはわからないとティキが首を振ると、窓枠に座っていたワイズリーがむっとしてティキの頭を叩いた。 「人が折角助かる方法を考えてやっとるのに、何じゃその態度」 「俺はこの拘束さえ取れりゃあいいんだよ。そうすれば逃げられる。お前のやり方はよくわかんねぇが、絶対に回りくどい」 「回りくどいかも知れんが、上手くいけばこの忌々しい国を潰せるかも知れんのだぞ」 「ほぅ、それは面白いな。是非聞きたい」 突然聞こえてきた声にワイズリーがガチッと固まる。ティキは気付いていたが、ワイズリーは話すことに夢中になりすぎて、周りを意識していなかったらしい。浴場へ続く扉に寄りかかった王子は楽しそうに笑っている。 「お前の知り合いか?」 髪を拭きながら近づいてくる王子の質問に小さく頷き、ティキはニヤッと笑って口を開いた。 「俺を助けに来てくれたんだと」 「助けに?それは困る」 王子がしかめっ面をしたので、固まっていたワイズリーがはっと正気を取り戻し、窓枠に手をかけた。 「無理に連れていくつもりはない!駄目だったら諦めて帰るぞ」 今にも窓から飛び出そうとしているワイズリーのターバンの端を掴み、逃げられないようにすると、ティキは王子を見て口を開いた。ターバンを掴んだ際、ワイズリーが呻くような声を出したが、気にするつもりはない。 「こいつじゃ俺の代わりにならないか?」 「!!!」 「俺より素直で扱いやすいと思うぜ」 「こら、何言っとるんじゃ!」 ワイズリーが暴れるのも関係なしにティキは王子に提案をし、王子が品定めするようにワイズリーを見る。だが、途中で興味をなくしたように眼を閉じた。 「悪くはないが、良くもない。確かに、お前より可愛げがあるかもしれないが、お前の方がいい」 「やっぱ駄目か。使えねぇな、ホント」 「………」 本人の許可なくティキが解放される為の交渉に利用され、さらにあっさりと却下され、ワイズリーが複雑そうな顔をする。身代わりにならずに済んだのは喜ぶべきことなのだろうが、こうもさらりといらないと言われてしまうと、それはそれで悔しい。 「……と、兎に角、どうやら連れ帰るお許しは貰えんようだから、ワタシは帰らせてもらうぞ。ほら、さっさと私のターバンを放せ」 もうティキのことはどうでもいいから捕まる前に逃げたい。ワイズリーの顔にははっきりとそう書かれており、ティキは逃がしてたまるかとターバンを握る手に力を込めた。 王子は暫く二人の様子を見ていたが、いつまで経っても変わらない状況に飽きたのか、今はもう興味を失ったようにベッドの端に座り、自身の美しい黒髪を弄っている。編んでみたりと色々と悩んだようだったが、結局は面倒になったようで、結い紐で一つに縛るというだけの至って簡単な髪型に仕上がった。 「お前、紅茶は飲むか?」 無言でターバンを引っ張り合っているワイズリーに向かって王子が話しかける。すると、ワイズリーはギクッとして王子の方を向き、暫く王子の事を見た後、顔を引き攣らせつつ口を開いた。 「……それなりに、」 「淹れてくる。それまで二人で話でもしてろ」 「へ?」 ノアの一族二人が王子の突然の行動にぽかんとする中王子が部屋を出ていく。 「……何じゃありゃ」 扉に鍵をかけるわけでもなく遠ざかる足音にワイズリーが呆れたような声を出す。 「いつもああだ」 「危機感というものがないのかのう?それとも、ワタシに城の中を自由に見て回ってくださいとでも言っているのか……」 「お前にはそんな根性ないってわかってんだろ。あの王女様、…王子様だったな。あの王子様、なかなか人のこと見てんだ」 「むぅ…どいつもこいつもワタシの事を馬鹿にしおって、」 「じゃあ、あの扉から堂々と出ていけんのかよ?外はイノセンスを加工して作った武器を持った兵士でいっぱいだ」 「出ていけるわけないじゃろ、馬鹿か」 「馬鹿はお前だ」 ワイズリーが根性無しと馬鹿にされて憤ったから質問しただけなのに馬鹿と言われる謂れはない。第一、外に出ることができないと言うのなら、根性無しであっているではないか。 「あー、何でワタシがこんなことに巻き込まれなければならんのだ……帰りたい」 「千年公に助けるよう言われてんだろ。何とかしろ」 「あれは、ワタシがどうこうできるレベルのものじゃないぞ。さっきちらっと脳を覗こうとしたが、何かに邪魔されて見えん。記憶を呼び起こそうにも、脳を弄れんようでは何もできん」 「馬鹿な上に結局役立たずじゃねぇか」 「もう馬鹿でも役立たずでもいいからターバン放せ。ワタシは帰るぞ。お主の希望してる甘党を連れて来てやるから」 「はっ、信じられるか。一度逃げたら二度と戻ってこねぇだろ。千年公に一言、俺は死んでたって伝えりゃそれで終わる任務だからな!」 「少しはワタシを信じようとは思わんのか!」 「戦うのは苦手だとか何とか言って作戦立てる以外は全部逃げ回ってるやつのことなんて信じられるわけねぇだろうが!」 「ワタシが戻ってくるというゼロに等しい確立にかけてみりゃいいじゃろ!第一、ワタシを引きとめる理由がない。道連れにする気か!」 ティキが素直に頷くと、ワイズリーは怒る気も失せたのかその場に座りこみ、溜息を吐いた。 「……ほんっとうに、お主のことは助けたいと思っておる。だが、ワタシが作戦を立てるには、まだ資料が必要なのだ。悪魔と契約することについての資料に、王子自身の資料が足りん。これから色々なことが明らかになっていけば、確実にお主を助けるヒントも出てくるはず」 「………」 「信用してくれんか」 「誰がするか」 すぐに帰ってきた答えにワイズリーが勢いよく床に頭をぶつけた。 |